第7話 最後は、お前だ

 ミネルヴァと『crus.クルス』のコートを着た男のやり取りの一部始終を、アスカはグレイの隠れ家があったビルの、向かいに立つ廃ビルの屋上から見ていた。


「あの男……」


 屋上から地表まではかなりの距離があったが、いまのアスカの感覚器官は、意識して使えばその問題をゼロにする。だからこそ白いコートの男の顔も、声も、五感で感じ取り、何者であるかを理解することができた。

 アスカは歯を食いしばった。グレイが捕まり、爆散するまでのやり取りもここで目にしていた。いまにも飛び出しかねない自分を必死で抑えていた。そこに現れたのが、あの男だ。復讐の対象がこの場に顔をそろえたことだけでも、命を懸ける理由になる。理性の箍が外れかけた時、二人のやり取りは終わった。男の興味を無くした〝毒蛇〟がその場を離れ、大型車両に収まって行く姿は、十五年前の〝終戦〟からいままで続く、勝者と敗者の区分けを歴然と現したものだった。


 やはりあの男は負け犬だ。


『協定』の内容がどんなものであれ、友人を殺した『強化』を目の前にして、戦うことはおろか、怒ることもないとは。


 同じ種族であったとしても、なぜ兄さんはあの男をあんなに信頼したのだろうか。そして迎えた結末は、悲劇でしかなかったというのに。


 アスカは男の姿を見続けた。〝毒蛇〟を乗せた大型車両が、荒れたアスファルトを踏み締め、シブヤの街を去って行く。その姿をただ棒立ちになって見ている白いコートを見続けた。その背中に『兄』の面影が現れた時、アスカは大きく首を横に振った。


 違う。


 お前は兄さんとは違う。


 お前が殺したんだ。お前が兄さんを。


 呪いに倦んだ視線を戻すと、男は歩き出したところだった。グレイの隠れ家だったビルへ向かっていく。


 いずれ、お前も殺す。


 ミネルヴァ、カラエフ、ネスタ、そしてシン。


 あと四人の『七同盟』を殺し、最後は、お前だ。


 アスカは口の端に笑みを作った。それが男を嘲笑う笑みなのか、復讐をもうすぐ果たすことができる歓喜の笑みなのか、それともそうとしか生きられない自分を嗤う笑みなのか、アスカ自身にも判断は付かなかった。付かないまま、アスカは跳躍した。


 ビルからビルへ。薄暗い『旧市街』の街を、アスカは駆けた。

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