第16話 奴隷王、政争の火種

「一応、まだ内密な話なのだが――」

 

 そう、口火を切った部屋は食堂ではなく、スーリヤに宛がわれた部屋であった。

 リンクの部屋の倍はあるだろうか。動物の毛をふんだんに使った敷物に絹の垂れ幕。豪奢な棚には、嗜好品から食器の類まで揃えられている。

 

 本来なら、リンクが足を踏み入れる機会のない場所だ。

 

 ここは中央塔の上階で、学校を訪れる客人に充てられる階層であった。

 それなのに、スーリヤは気にも留めずにリンクを連れ込んでいた。


「アヌス士官学校の生徒たちが、行軍演習の名目でここに来るらしい」

 

 スーリヤの前に食事の皿が並べられる。

 本当に内密な話らしく、配膳はフィリスが行っていた。


「行軍演習はいいとして、なんで、北方なんだ? 情勢を考慮すると南方だろう」

 

 シャルオレーネ王国の革命、及び王女の出兵はセントラルにも知らされているはず。


「それに関しては、父上が問題ないと明言したからだ。北の侵攻がここまで及ぶことはないとな」

 

 セントラルには帝国の全てが集まる。

 言いかえれば、ここにもたらされたモノは帝国の全てに伝わってしまう。たとえ北方正帝の言葉であろうとも――もう、止めることはできやしない。

 

 何故ならば、セントラルには治める正帝がいないからだ。

 

 マラ帝国は四人の正帝が治めている関係上、首都も四つ存在する。

 ただそれだと対外的に不便なので、名目上の首都としてセントラルが機能していた。

 すなわち、政争の中心。王侯貴族たちが集い、互いの腹を探り合う場所。


「なるほど。しかし、腑に落ちないな」

 

 噂に聞く限り、アヌス士官学校には王侯貴族たちも多数在籍している。

 北方正帝からすれば、政敵になり得る人物とスーリヤを引き合わせるような真似は避けたいはず。

 でなければ、わざわざ辺鄙な学校に入れた意味がない。


「なにがだ?」

「北方に決まった理由はわかったが、北方にした理由がわからない」

「さすがに鋭いな」

 

 スーリヤは得意げに肉を頬張る。

 彼女の配膳が終わり、次はリンク。


「どうも、南方がキナ臭いらしい」

「コンスタンツ家か」

「どこまで知っている?」

「首都はフライゼル。紋章は武具に埋もれた翼獣。五、六年前に外敵の排除を終え南方を統一したものの、長男エア次男スペアが揃って無能な為に少々困ったことになっている。なんでも、奴隷王の異名を持つ末の皇子のほうが優秀だとか」

 

つまり、お家騒動の火種を抱えているということ。


「そんなものか。まぁ、いい。問題なのはその奴隷王だからな」

 

 名前はコリンズ・サンク・コンスタンツ。年齢は十六歳でアヌス士官学校に在籍中。

 スーリヤが説明している間に、リンクの前にも食事が並ぶ。

 愛想こそないが、フィリスの仕事ぶりに落ち度はなかった。


「異名に違わず、コリンズは士官学校にまで沢山の奴隷を引き連れているらしい。それだけならまだしも、奴はその全員を一緒に学ばせているそうだ」

 

 数にもよるが、それは確かに問題である。セントラルの士官学校といえば、やがて帝国の軍事を担う若者を輩出する場所だ。


「しかも、数は増える一方。注意を受けても本人は素知らぬ顔だし、奴隷たちもコリンズの命令しか聞かないときた」

 

 付け加えるなら、その奴隷たちが優秀といったところか。

 コリンズとて、政敵と表だって揉める愚は犯すまい。

 だとすれば、彼の目の届かない場所で奴隷たちが処分されても、騒ぎ立てることはしないはず。


 教官は基本的に中立な上、皇子よりも身分が低いのでどうしようもないだろうが、生徒たちは違う。

 

 気に食わないのなら、排除してしまえばいい。

 

 奴隷の命など、家同士が話し合って賠償すれば済む話だ。

 なんせ、他人の財産に手を付ける貴族は腐るほどいる。それも子供の内は尚更に。


「それを謀反とまでは言わないが、戦の準備をしていると疑う者は多い。というよりは、生徒たちが恐れているだけなのだろう」

 

 中立のセントラルでさえ居心地が悪いとなれば、相手の陣地になど死んでも立ちたくはないはず。


 所詮、貴族社会は面子でできている。

 

 傷つけられたプライドはどうやってでも回復させなければならない。それができないとなれば、相手のプライドを傷つけるしかない。


「北が選ばれた理由は気候か?」

「そういうことだ。一番、南と勝手が違うという理由で北が選ばれた」

 

 歴史的に見れば、北と南は東と西の系譜。


「それでスーリヤは、その面々と顔を合わせないといけないのか?」

「それだけなら、面倒な話とは言わない。これでも、自分の立場はわかっているつもりだ」

「悪かった。じゃぁ、なんだ?」

「模擬戦をしたいそうだ」

 

 あっさりと告げられたので、その言葉の重みがリンクには感じられなかった。


「模擬戦て、ウチと向こうでか?」

「あぁ、ブール学院とアヌス士官学校でだ」

「ウチは、ほとんど歩兵しか学ばないのにか?」

「あぁ。向こうは、帝国のあらゆる軍事学を学んでいるな」

「勝負にならないだろう?」

「だからこそ――」

 

 その言葉だけで、続きがわかった。


「コリンズ=コンスタンツがブール学院側に付く、というわけか」

 

 リンクの推測は正しかったようで、スーリヤは溜息と共に頷いていた。

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