第15話 目を開けてみた夢

「喧嘩でもしたのか?」

 書庫に入るなり、スーリヤはそんな推測を口にした。


「違います」 

 フィリスが否定するも、リンクは床に座ったまま答えない。

 

 もしかしなくとも、スーリヤの登場に気付いていなかった。


「にしては、すさまじい散らかりようだな。さすがの私も、ここまで床に物をぶちまけた経験はないぞ」

「これでもだいぶ片付いたほうなんですよ、スーリヤ様。それもこれもリンク=リンセントが……」

 

 フィリスが言った先からリンクは読んでいた本を放り投げ、別の本に目を通し始める。


「これは……重症だな」

「えぇ、手のつけようがありません」

 

 片付けるどころか散らかすばかり。

 それも無自覚に無意識――リンクは自分の世界に没頭したままで、一向に帰ってくる気配がなかった。


「叩けば治るのではないか?」

「既にやりました。腹が立ったので、椅子ごと蹴り飛ばしてやったのですが」

「反応なしか?」

「いえ、さすがにそれは。蹴り飛ばされたあとも、椅子に戻ることなくこうやって本を読んではいますが……」

 

 その時を思い返して、フィリスは身を震わせる。


「……黙って、睨まれました。それはもう凄い目つきでしたので、スーリヤ様はお試しにならないようお願いします」

「ほー、この男もそのような表情をするのだな」

「えぇ、ですから驚きました」


「だが、私はリンクに話がある」

 不敵に言い捨てると、スーリヤは飛び出した。

 

 フィリスが止めるのも聞かず、四歩の距離を一歩で踏み抜き、

「とうっ!」

 リンクの前に盛大な着地をしてみせる。

 

 膝を折り畳み、視線を合わせ、大声で呼びかけ――やっと、リンクは反応を示した。


「なにをしているんですかっ!」


 その行動に、フィリスが声を荒げながら主人の行動をなぞる。

 すなわち、一歩で近くまで踏み込み――スーリヤの頭を胸にかき抱いた不埒者に、制裁を加える。

 肘を脳天に落とされ、さすがのリンクも痛みに呻いた。反射的に頭を押さえ、その隙にスーリヤと引き離される。


「おはようございます、リンク=リンセント。随分と遅いお目覚めのようですが、気分はいかかでしょうか? まだお眠いようでしたら、是非とも眠っていただきたいのですが――」

「……待て。状況が掴めない」

 

 悪ぶれない態度に、フィリスが更に吠える。


「貴様っ! スーリヤ様になにをなさったか憶えていないのかっ!」

「そもそも、なんでスーリヤがいる? 来ないとか言っていなかったか?」

 

 釣られるように、リンクの声も大きくなっていた。


「それは朝の話だ!」

「朝? もしかすると、もう朝じゃないのか?」

「当たり前だ! 周りを見てみろっ」

「……足の踏み場がある」

「まさか、片付けた記憶があるとは言うまい?」

「あぁ、そうだ。俺は……」

 

 ぶつぶつと漏らしながら、リンクは視界に金色の髪を捉える。


「そうか、現実、だったのか。だとすると、俺は届いたのか?」

 

 熱に浮かされたような瞳で見ていると、

「大丈夫か?」

 心配されてしまった。


「スーリヤ様!」

 フィリスが窘めるも、スーリヤは手で制す。

「本人に自覚がない以上、いくら言っても無駄であろう。それに、未だ万全とも思えぬ」

 

 そう言って、彼女はリンクの額に手を当てる。


「少しばかり、熱いな」

「ちょっと、頭を使い過ぎてな。目を開けたまま、夢を見ていたようだ」

「それで、覚めたのか?」

「さぁ、どうだかな」

 

 リンクははぐらかすように、スーリヤの手をどける。


「とりあえず、腹が減った」

「同感だな。私も朝から面倒な話に付き合わされていて、なにも食べていないんだ」

「面倒な話?」

「あぁ、そのことでリンクに相談したいのだが、いいか?」

「もちろん、フィリスが許せばだがな」

 

 二人のやり取りを、彼女は不満げに眺めていた。

 ただ朝から読書の邪魔をされ、探し物を手伝わされた挙句、片付けまで押し付けられたのだから、フィリスの不満は至極真っ当なものだった。

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