第52話 茶番

 リンクとコリンズ。

 そして、シャルオレーネ軍にとっては茶番でしかないが、他の者たちにとっては違った。

 

 気づいた時には武装した敵が城壁内の前庭におり、今にも突撃せんと隊列を組んでいる。

 

 朝日と共にそのような光景を見せられたブール学院の生徒たちは、既に諦めの境地でいた。

 満足に動ける者は数十人しかいないのだから、戦う選択肢などあるはずがない。

 

 それでも、誰もがリンクに期待していた。


 この状況を打破する策があるのではないかと。スーリヤもそうだ。報告を受けるなり、リンクの元へと駆け走った。

 昨夜のことを気まずいと感じる余裕すらなかった。食堂にいるとわかると、身体は勝手に動いてくれた。


「どうすればいい?」

 

 リンクの傍には既に他の生徒たちがいたので、スーリヤは単刀直入に訊いた。


「とりあえず、使者を出す」

 

 どういう神経をしているのか、彼は呑気に食事を続けている。


「あとは相手の出方次第だが、そう悪いようにはならないはずだ」

 

 誰がその使者になるのか、周囲が緊張に包まれる中、リンクはあっさりと指名した。


「フィリス、頼まれてくれるか?」

「スーリヤ様のお許しを得られるのなら」

 

 そんなの、折れるしかなかった。

 スーリヤは硬い表情で頷き、改めてフィリスに使者の役目を要請する。


「まず、こちらに抵抗の意思がないことを伝えてこれを渡してくれ。そのあとは、あちらの言い分を待つ。そして要望を否定せず、わかりましたと言って戻ってくる」

 

 用意のよさにフィリスは呆れる。

 勝手に漁ったのか、書状にはブール学院の封蝋までされていた。


「まさか、想定していたのですか?」

「昨日、敵が退いてくれたのはこちらに交渉する余裕がなかったからだ。負けを認め、諦めたからじゃない」

 

 余裕な態度に周囲は落ち着きを取り戻しつつあった。

 一時は最悪の結末を想像したものの、リンクを見ているとまだなんとかなるかもしれないと思えてくる。


「剣は置いて行けよ」

「わかっています」

 

 だから、緊張を隠せないでいながらも、フィリスの心は落ち着いていた。

 きっとなんとかなると、堂々とした態度で使者の務めを全うする。

 

 たった一人の姿にシャルオレーネ軍は警戒を解き、副官のダンが歩み寄ってきた。

 

 下馬こそしているものの、武器は帯びたまま。 

 フィリスはあと十歩のところで膝を付き、書状を差し出す。


「わたしたちに、抵抗の意思はありません」

 

 顔を伏せたまま口にして、待つ。

 ダンは黙って書状を受け取り、中身を拝見する。

 

 内容は昨夜、南方帝国の皇子に聞かされた通り。

 

 当然、こちらの返答も決まっていた。

 求めることは三つ。

 二つまではフィリスは冷静でいられたが、三つ目で動揺が露わになる。


「なにか問題が?」

「……いえ、なにもありません。確かに承りました」

 

 かすれる声で応じ、フィリスは逸る心臓を抑えきれずに自軍へと戻る。 

 食堂では変わらず、リンクが食事を続けていた。

 皆が緊張の面持ちの中で、一人だけが日常を過ごしている。

 

 その彼の前に立ち、フィリスは声を震わせる。


「条件は三つです。一つは捕虜の解放、もう一つは、この城にシャルオレーネ軍の旗を立てること」

 

 言いながら、預かった旗を見せる。

 黒地に描かれているのは、金の枯れ枝の先端に緑の葉が一枚だけ付いたメルディーナ王女の紋章。


「そして最後は……」


 フィリスが切り出せないでいると、

「やっぱ、ここの食事は食べ納めか?」

 リンクが冗談のように口にした。

 

「……っ!」 


 その言葉に、少女は頷くしかなかった。

 声を出してしまうと、そのまま泣き出してしまいそうだったから――

 自分は悪くないにもかかわらず、フィリスは罪悪感に苛まれていた。

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