第49話 奴隷の革命

 ラルフとコリンズは揃って酒杯に口を付けた。それも気付けのように一息で呷り、すぐさま自分の酒杯を満たす。

 知っていたものの、コリンズは内心で舌を巻く。

 リンクは喋り方だけでなく、表情や雰囲気まで一変させていた。


「わたくしめの母は、十六年前の戦に戦士として参加しておりました」

「……知っている」

 

 予想外の反応にリンク――いや、オルナは問いたげな目を向ける。


「女で戦士でオーピメントいえば、リュウカ・オーピメントに違いない。そうだな?」

 

 苦悶と怒りの形相で問い質され、オルナは頷く。


「どういうことだ? 彼女は戦死したはずだ」

 

 視線だけでコリンズが訴えてきた。――話が見えん、説明しろと。

 しかし、オルナは首を横に振る。


「どういう意味か、教えて貰ってよろしいですか?」

 

 母について詳しいことは知らなかった。

 だから、ラルフが激高する意味がまったくもって掴めない。


「……十六年前、俺たちはストレンジャイト率いる帝国軍に大敗した」

 腹の底から絞り出すような声だった。

「王子たちは討ち取られ、危うく王すらも失い兼ねなかった。それを救ったのがリュウカ・オーピメントという先住民の戦士だ」


「騎士でも兵士でもなく、戦士とは? こちらでいう、フリー・ランスやブランク・シールドのような者か?」

 そこが引っかかるようで、コリンズが口を挟む。


「そういった無所属の傭兵とは少し違います。事実、彼らは金をはじめとした報酬では働いてくれません。戦士を動かすことができるのは『誇り』と『誓い』だけです」

 

 感情的になっているかと思いきや、ラルフは礼儀正しく皇子の質問に答えた。


「それまた面妖な。君主としては扱いにくくてたまらんな」


「えぇ、それは否定しません。現に十六年前の戦でもそうでした。彼らは侵略には一切の手を貸さず、撤退を余儀なくされるまで傍観していましたから。おかげで、我々近衛騎士団は彼らを軽んじてしまいました。ですがもっと早く、彼らの言葉に耳を傾けていれば違った結末もあったかもしれません」


「それほど、戦士は強いのか?」


「想像を絶するほどです。はっきり言わせて貰えば、彼らはおかしい。たとえばコリンズ皇子、あなたは馬よりも早く走れますか?」

「そんなの誰にだって無理だろう。まさか、その戦士とやらは走れるのか?」

「短距離は無理です」

 

 長距離でも無理だろ、と口にしながらもコリンズは先を促す。

 

 と、

「けど、長距離なら可能でしょう。何故なら、馬と違って人間は走りながら水を飲むことも、食事をすることもできるのですから」

 ここまで黙っていたオルナが答えた。


「軍師殿、理屈は通るが無茶苦茶だぞ?」

「他に、なにか聞かされているか?」

 

 コリンズのは愚痴だと判断して、オルナはラルフの質問に答える。


「騎士や兵士は定められた決闘や戦の為に品種改良された戦士だと、母は言っていました。装備や馬の扱いに優れているだけで、決して強いわけではないと」


「噂に違わぬ蛮族だな」

 気を悪くしてか、ラルフは吐き捨てた。


「ただ、母自身は戦士であることを誇ってはおりませんでした。現に、わたくしめは身体よりも頭を使うことを求められました」


「リュウカ・オーピメントは、戦士の中でも異質な存在だった。実際、十六年前も彼女が連れてきた者以外に戦士はいなかった」

「徴兵にも応じなかったというのか?」

「えぇ、そうです。そもそも、彼らは国と関わりを持っていないのです。時折、食料などを求めて街に出てくるようですが、基本的には極北地帯に留まっております」

「極北となると、恐ろしく寒いんだろうな」

「想像を絶するほどですよ。熱したお湯でさえ、たちまち凍ってしまいますからね」

 

 コリンズはわざとらしく身震いして、酒に口をつける。


「そんな戦士が戦いに参加した理由は、今になってもわかってはおりません。それでも、彼女の働きによって王が生き延びたのは疑いようもない事実でした」

「その働きには、報いてやったのか?」

「それが……受け取ってくれる人物がいなかったのです。リュウカ・オーピメントの名は、どうも戦士たちの間では歓迎されていない様子だったようで」

「さすが、軍師殿の母君とでも言うべきか」

 

 以上で、ラルフの話は終わりのようだった。

 ちょうど作業が終わったオルナはつまみを二人に振り分け、先ほどの続きを語りだす。


「母には右腕がありませんでした」

 

 その他にも目を含めた顔の右半分、また身体の至る所に消えない傷跡があったことを説明してから、前の質問に答えた。


「ですので、母は死んだと思われていたのでしょう」

 

 それを聞いたラルフは顔を歪めた。

「そのような状態だったにもかかわらず、生かして奴隷にしたのか?」


「だからこそ、成り上がりの父に黒白こくびゃくの女が買えたのです」

「……軍師殿。父君はさほど金がないのに、まともに動けない奴隷を買ったのか?」

 

 硬い言葉遣いからして、コリンズがなにを危惧しているかは明らかだった。


「えぇ、父は下賤の身でしたので。奴隷に対する価値観がだいぶ古かったのですよ」

 

 二人のやり取りからして、ラルフを悟ったようだ。苛立ちを抑えるかのように、つまみと酒を詰め込んでいる。


「そう、父は母に黒白の女を産ませる為に買ったのです」

 

 奴隷の子供は主人の所有物になる。そして、奴隷というモノは戦がなければ徐々に減っていってしまう。

 その結果、帝国では奴隷の計画的交配が行われていた時期が確かにあった。


「それは時代遅れの忌むべき考えだ!」

 

 弁明するように、コリンズは主張する。


「奴隷は家畜ではない。あくまで『道具』であり『財産』だ。そして、それらを大切にできない者に『人』を扱う資格などない」

 

 時代や地域を問わず、子供を利用しはじめると国は滅びる。

 証するように、産む歯車にされた奴隷たちは反乱を起こした。

 

 帝国にとって意外だったのは、それに民たちが手を貸したことである。

 

 支配者層のほうが圧倒的に少ない以上、本気で反旗を翻されたら勝ち目などあるはずがない。

 だからこそ、治政者は限度を知り――飴と鞭を使い分ける。

 意見が一致しないように身分を細かく設け、下級層の一体化を防ぐ。

 

 それがまさか、奴隷が主犯であるにもかかわらず噛み合ってしまった。

 

 口減らしに嬰児えいじを殺したり、生活苦に幼児を売りに出す下級層の民たちでさえ、何故か奴隷の計画的交配には怒りを禁じ得なかったのである。

 

 それはある種の本能だった。

 

 ここまでくると、もはや理屈ではない。奴隷を家畜よろしく増やすような真似は、国が禁止する他なかった。

 

 この反省を活かして、帝国は奴隷を『財産』として扱うようになった。

 

 これにより、夢を見る者とそうでない者が一層分かれ、同じ階層でも大きく性質を違え始めた。

 

 また、反乱の首謀者になり得る存在をいち早く見つけることもできた。

 そうした優秀な奴隷が王侯貴族の手に渡ることで、奴隷による暴動は脅威ではなくなったのだ。

 

 だが、それは治政者の考えであり、リンクの父親のような成り上がりには浸透していなかったとのこと。


「もともと、父は徴兵された農民だったそうです。それが戦で手柄を立てるという運に恵まれたものですから、それはそれは図に乗ってしまいました。そして、分不相応な夢を見るようになったのです」

 

 息子を騎士にして、由緒正しい家の娘を迎える。


「帝国は世襲制ですので、無能な後継者は珍しくありません」

 

 実際に爵位が金で売り買いされていることを、コリンズが苦々しい口調で捕捉する。


「けど、父にとって予期せぬ問題が二つほど起こってしまいました」


 一つは見ての通り。

 リュウカ・オーピメントの子供は男だった。


「母が二人目に恵まれることはありませんでした。その前に、激高した父に殺されてしまったからです」

 

 視線だけで、二人は先を促す。


「すべては、リンク=リンセントが原因でした。彼の存在が父の小賢しい計算を狂わせ、同じようにわたくしめの人生も滅茶苦茶にかき回したのです」

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