第43話 交戦、想定通り

 敵の一群が下馬したのを見て、シリアナは身を震わせる。それを必死に抑えつけながら、ビューグルに口を付け、予定通りに事が進んでいる旨を伝えた。

 

 地上に降りた騎士たちは腰に剣、両手に槍を装備して、先頭に指揮官を据え置いた散兵体形を取る。

 その後方に彼らの馬と、それを御する騎馬が十人ほど。そして、残りの騎馬が鶴翼に大きく広がっていた。

 

 そこには弓兵と伏兵を警戒しつつ、一兵たりとも逃がさない意思が感じられる。

 

 敵の布陣が整ったと見て、シリアナは再びビューグルを吹き鳴らした。

 今までで一番の高音。

 鋭い息は長く、遠くまで響き渡らせる。

 

 ――これがいったい、誰になにを報せているのか?

 

 シャルオレーネ軍は掴めず、疑問が鎌首をもたげる。

 先ほどと違い、両軍は正面から向き合っている。

 布陣も目に見える限りですべて。

 規模からして楽器がいるとは思えない上に、当のリンクたちに動きがない。

 かといって、この状況では城内にいるであろう伏兵に向けたものとも違う。

 

 振り返って見ても、開けた大地が広がっているだけだ。 

 

 答えが出せないでいると、もう一度、鳴り響いた。鋭さはそのままだが、今度は鞭を振るうかのように短い。

 

 それを合図にリンクたちは鬨の声を上げ、槍を構えた。

 

 その持ち方に疑問を抱く前に、騎馬隊を指揮するダンからあり得ない言葉が放たれる。


「――団長。後方に敵歩兵部隊確認!」

「馬鹿なっ!」

 

 障害物のない平原を確かめたばかりだった。

 しかし、今再び見てみると……紛うことなき歩兵の姿。

 それも、次々と増えていく。


「前方より敵来ます!」

 

 畳みかけてくる状況に、ラルフは考えることを放棄した。


「ダン! 騎馬隊は後方の敵を相手しろ。歩兵隊はこのまま敵を迎え撃つ」

 

 応答の声と、騎馬の駆けだす音を背にラルフは敵と対峙し――


「馬を守れ!」

 

 叫ぶも、少しばかり遅かった。

 既に光は遮られ――信じられないことに、影はラルフたちを追い越していった。

 無数の槍が激しい音を立て、地面へと突き刺さる。非常識な投げ槍は誰一人傷つけなかったものの、騎手のいない馬たちを刺激し、暴走させた。


「馬は捨て置けっ! 敵に距離を走らせるな!」

 

 馬たちの嘶きが轟く中、ラルフは更なる命令を下しながら突撃する。

 敵の投げ槍は優に百ペースを越えていた。

 しかしそれには助走が不可欠のようで、ラルフたちは一気に間合いを詰めてかかる。

 

 だが、間に合いそうにない。

 

 リンクたちは既に次の槍を構え、勢いをつけていた。

 まもなく、第二射が放たれる。

 

 ただその動作は大きく、投擲のタイミングを計ることは難しくなかった。

 第一射よりも直線的な軌道で槍は襲い掛かるも、それぞれ状況に見合った方法で直撃を回避してみせる。

 それでも、一人を除いて下馬騎士たちの足を止めた。


「――突撃!」

 

 リンクの命令に従い、コリンズの奴隷たちは地面に刺さっていた槍を手に飛び出した。

 そして、幾分かすっきりした槍の密林に残ったリンクは、なんの障害もなくやった来たラルフと一騎打ちに興じる。

 

 

 一方、ダンの率いる騎馬隊は、ブール学院の生徒たちで構成される歩兵隊を軽々と打ち払っていた。

 

 初めこそ、全員が弓を構えていて驚いたが、その精度はからっきし。迫りくる騎馬の恐怖に負けてか、子供たちは無謀な距離から矢を放ちだした。

 また、先走った一人に釣られて次々と続いたものだから、シャルオレーネ軍は苦笑するしかなかった。

 

 そのお粗末さには、矢が尽きたら降伏してくれることを期待したくらいである。

 だが、さすがにその考えは甘かった。

 

 矢がなくなると、子供たちは声を奮い立たせて向かってきた。

 

 子供たちが本気で、無我夢中で剣を振るっているのはわかる。

 それに対して手加減するのは侮辱に値するとダンは思っていたが、あまりの未熟さに趣旨を変えざるを得なかった。

 

 また、兜を被らずに素顔を晒しているのが憎たらしい。

 

 これでは一目で女が女とわかる上に、年齢からして否応なしにメルディーナ王女を連想してしまう。

 

 結果、ダンたちは円錐状のランスを横に振るうだけに留め、本来の用途――刺突は封印していた。

 もっとも、馬の勢いで振るうのだから刃がないとはいえ無事では済まない。生徒たちは剣ごと吹き飛ばされ、派手に地面へと転がっていく。

 

 万事においてそういった有様だったから、シャルオレーネ軍は完全に油断していた。

 

 集中していたのは手綱だけ。

 

 馬の勢いが過ぎないよう、転がった生徒たちを踏まないよう気を付けていたものの、その他に関しては警戒していなかった。

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