第42話 初陣
金管楽器ビューグルの音色が鳴り響く。
甲高く、水面に波紋が広がるような旋律によって、ブール学院の生徒たちは敵の来訪を知る。
演者はブール学院の制服を着込んだシリアナ。
少女は城壁の上――
その音は当然シャルオレーネ軍にも聞こえており、城壁の上に兵がいることを伝える。
ただ、姿を晒しているのはシリアナのみ。
彼女の赤毛は遠目からでも目立ち、一目で帝国の王侯貴族ではないことを証明してくれる。
傍らでは、スーリヤ、コリンズ、フィリスがせっせと小細工に励んでいた。様々な道具を駆使して、ここに弓兵部隊が潜んでいるように見せかける。
シャルオレーネ軍は弓矢を意識した距離を取りながらも、
子供たちの布陣を見るなり、ラルフは顔を顰める。他の騎士たちも同様だ。
なんとも、珍妙な陣形。
待ち構えていた位置から城内に誘い込む魂胆かと思いきや、門が閉まっているのだ。
古風な格子状の落とし扉、大人でも開けるのには二人以上の人数が必要であろう。
風変りなのはそれだけに留まらず、彼らは槍の密林に立っていた。城門前を避けるようにして、地面に無数の槍が突き刺さっている。
規則性は掴めないが、人が通れるほどの間隙。その間におよそ百人の兵。装備は簡素な鎧と盾に剣。
嫌らしいことに誰も兜を被っておらず、幼い顔立ちと緊張を露わにしていた。
内の一人、サーコートを纏った少年が歩みを進める。
応じるように、ラルフも徒歩で歩み寄った。
「随分と、遠いじゃないか」
ラルフは帝国の公用語で投げかけた。
「私が死ねば、それでおしまいですので」
「なるほど。それはいいことを聞いた。だが、俺たちは歴史ある王国の近衛騎士だ。そう、警戒されるのは嬉しくないな」
「最低限の犠牲で済むのなら、泥を被るぐらいどうってことないでしょう?」
リンクはかつてないほど緊張していた。
距離にして五十
「まさか、その甲冑姿で
「おまえさんは知らんだろうが、あそこは氷の雨が降る。そんな装備じゃ、たちまち血だらけだ」
装備の差が歴然なのは、言われるまでもなくわかっていた。
「俺はメルディーナ王女の片翼、近衛騎士団長ラルフ=ホークブレード」
「こちらはリンク・アン・リンセント。申し訳ないが、貴公のような肩書は持っていない」
正直に答えつつ、小細工も忘れない。リンクは堅苦しい言葉を駆使して、相手の油断を誘う。
「では、降伏してくれないか?」
「それはできかねる。たった一度でも、臆病者の烙印を押されてしまえば騎士の剣は折れたも同然」
「まだ、騎士ではないだろう?」
「魂の問題です」
長い吐息を挟んで、ラルフは諦めた。
「そうか。なら、聞いておくことは一つだけだな。おまえ、シャルオレーネの血が混じっていないか? その髪、帝国人にしては濃すぎる。それにおまえの年齢」
最後に帝国とシャルオレーネ軍が本格的に争ったのは十六年前。
「帝国の度を越した奴隷文化は有名だからな」
戦があれば奴隷が増える。勝者であればなおさらだ。
「だとすれば?」
「おまえは殺す。それだけだ」
「お互いに、名誉と誇りを忘れぬ戦を心がけましょう」
そう言って、リンクは踵を返した。
食えないガキだと吐き捨て、ラルフも自軍に戻る。この状況で敵に背を向ける思い切りの良さは認めるが、端々に小賢しさが目に付いて腹立たしい。
「無血開城は無理なようだ」
冗談めかして口にするも、副官の返事は素っ気なかった。
「で、どうします?」
「兵を二つに分ける。半分、いや五十でいいか。全員下馬して、俺が率いる」
「まぁ、妥当でしょう」
敵の布陣は明らかに騎馬を警戒していた。背後の壁、槍の林、城壁の弓兵。どれ一つとっても、突撃を躊躇わせる代物である。
「ところで、敵はこちらが下馬することを想定していると思われますか?」
「あのガキなら、してるだろうな」
「なら、騎馬の伏兵を疑ったほうがいいかと。それで、城門前にだけ槍が無い理由も説明できます」
「同感だ。敵の数があれだけとは到底思えん」
年齢の割に、リンク=リンセントは思慮深く見えた。功名心に逸った素振りも、騎士の義務だからといって盲目的になっている様子もない。
そう、仰々しい言葉づかいとは裏腹に視線は油断なくこちらの装備を窺っており、彼我の戦力差を冷静に判断していた。
それなのに迎え撃つということは、安く見積もってもこちらの倍の兵がいてしかり。
「問題があるとすれば、敵がクロスボウを持っているかどうかだな。騎士なら好んで使わないはずだが……」
ラルフはぼやく。
あれは甲冑にも穴を開けるから嫌だった。
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