第25話 暴かれた正体
模擬戦が終わるなり、生徒たちは慌ただしく追いやられた。本来の予定では模擬戦の査定が行われるはずだったが、それすらもなく迅速に。
そのことに疑問を抱きながらも、生徒たちは教官の指示に従っていた。
そうしてアヌス士官学校の生徒たちは安堵と共に野営地へ、ブール学院の生徒たちは不満を抱いて校舎に戻っていく。
大して動いていないものの、リンクは風呂で汗を流してから自室へと向かっていた。
中央塔から、タワーハウスへの渡り廊下。
誰がどう見ても剣呑な少女が待ち構えており、つい回れ右をしたくなるも遅かった。
「おまえはなにを考えている?」
リアルガは槍すら届かない距離から声をかけてきた。攻撃的な声振りからして、抑制が効かなかったのだろう。
リンクは笑みを浮かべ、剣が届く位置まで歩み寄ってから答える。
「リアルガ姉さんには、思いもよらないことさ」
「おまえが私を馬鹿にするのかっ!」
あってはならないことのように、リアルガの形相は怯えていた。
「そうだね。まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかったよ」
今までと違って、リンクは下手にでなかった。
同情を滲ませ、彼女の前を素通りする。
「待てっ!」
「悪いけど、人を待たせているんだ」
鞘鳴りの音がするも、リンクは振り返らなかった。
角を曲がり、想定していた人物と思いもよらない待ち人と対峙する。
「待て、オ――」
そこにいた人物に、付いて来たリアルガも絶句した。
タワーハウスの階段前にいたのは、コリンズの奴隷とディルドの奴隷。ここは男子専用区域なのだが、揃ってお喋りに興じている。
「お姉様もいらっしゃるとは好都合です」
どういうやり取りがあったのかは不明だが、イラマが先手だった。
ありとあらゆるモノを揺らしながら近づくなり、彼女は開口一番、リンセント家の姉弟に大いなる混乱を与える。
「……それは、どういう意味だ?」
姉弟揃って厳しい表情を向けるも、相手は嫣然と微笑んで差し出す。
「ディルド様からの贈り物です。是非とも、リンク様に――」
恐る恐る、リンクは受け取る。彼女の掌に鎮座しているのは、月と星をあしらった髪飾り。
誰がどう見ても、女性が身に付けるべき装身具であった。
「確かに、お預けいたしました」
要件は済んだのか、イラマは軽い足取りで去っていった。
その背中を、リンクは諦めの境地で見送る。
「これは、リアルガ姉さんが持っておくべきだろう」
この髪飾りの役目は既に終わっていた。
残っているのは、本来の用途のみ。
「わかっているとは思うけど、それは東方帝国の皇子からの贈り物だから」
捨てたくても、捨てるわけにはいかない。リアルガは強張った顔で髪飾りを受け取った。
「で、そっちの要件は?」
いつの間にか、シリアナが目の前にいた。
彼女の接近に気づかないほど、姉弟揃って動揺していたのだ。
「……」
「なんの用だ?」
繰り返し尋ねると、彼女はおもむろに手を伸ばしてきた。
「素敵な髪色だと、見惚れてしまいました。イラマの濡烏と並べても見劣りしないなんて。まるで夜空のよう」
「きみや彼女には劣ると思うけどね。で、なんの用だ?」
リンクは髪を弄っていた不躾な手を叩いて、もう一度。
「コリンズ様の命令で、リンク様をお迎えにあがりました」
それでやっと、答えてくれた。
「わかった。それじゃリアルガ姉さん、それをよろしくね」
シリアナと気安く肩を並べて、リンクは姉を置いて中央塔へと戻る。
「先を越されたのか? それとも、気を遣ったのか?」
「先を越されただけです。ディルド様が一緒ならともかく、イラマ一人に気を遣ったりなんかしません」
拗ねるように、シリアナは言った。
「ズルいですよ、まったく。向こうは模擬戦に出ていないんですから」
「言い訳なら、コリンズ様にしてくれ」
「コリンズ様は言い訳を聞いてくれるような人じゃないんです。あぁー、絶対お仕置きされる」
「そりゃ、ご愁傷様」
「なんとかしてくれません?」
見慣れぬ緑の瞳で懇願され、リンクはたじろいでしまう。
「きみの主に借りを作るのは、あとが怖そうだからな」
「それはその通りなんですけど」
二人は、気心の知れた友人のように話していた。
「わかってはいると思うけど、スーリヤの前では気安く話しかけるなよ?」
「あなたの命令を聞く義務はないんですけどー?」
「じゃぁ、お願いだ」
「それも、聞く理由がないですよ?」
からかうように、シリアナは鳴らす。
「そもそも、私たちは誰かにお願いされるような人間じゃないんですから」
「それでも頼むしかないな。今の俺には、お願いすることしかできない」
同じようにリンクも返し、
「仕方ないですね。一つ、貸しですよ?」
「構わないが、コリンズ様には使わせるなよ?」
笑みを合わせて、交渉は成立した。
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