第23話 模擬戦、決着
――敵の騎兵が動き出したら全軍で攻めろ。
リンクから事前に知らされていた指示通りに、前線の指揮官たちは動き出す。
真っ先に、スーリヤ率いる騎兵隊が交戦可能区域に辿り着く。迂回しながら進み、敵右翼の注意を引き付けた。
遅れて、リアルガの弓兵隊は正面から――矢を番えたまま突撃し、敵の動揺を誘う。
そして、槍兵隊が左翼を担当。
数の上ではこちらが有利だったので、敵を囲むように進軍した。
敵は完全に防御態勢。騎兵がコリンズを倒すことに賭けているのか、一向に攻めてこない。
そういった場合の指示も、リンクから受けていた。
散兵戦術。
通常は嫌がらせや挑発にしかならないが、効果は抜群のようだ。
たった数機の兵に、雨のような矢が降り注いでくる。矢には限りがあるというのに、馬鹿みたいに弦音が鳴りやまない。
「――全軍突撃!」
敵の矢が尽きたとみて、シリアナは命令を下す。
リンクから承った策は、以上で終わりであった。
ほぼ全方位からの進軍に敵は混乱をきたし、乱戦。数がモノをいう状況に持ち込み、一気に勝負を付けた。
途中でクーニが撤退を試みたので、総指揮官を仕留めたのはスーリヤが率いる騎兵部隊となった。
アヌス士官学校側の騎兵部隊は、コリンズの元に辿り着くこともできなかった。
端から距離があった上に、大きく迂回していたのだから当然だ。
その上、僅か五十とはいえ、コリンズの守備兵が巧みな位置に散らされていた。
「話にならんな」
決着を見届け、ディルドが吐き捨てる。
教官たちも同じ感想なのか、空気は非常に悪かった。
アヌス士官学校側は語るまでもなく、愚かである。
そして、ブール学院側も同様――いや、なお悪い。
なんせ、実戦を意識せよという教官の命令を頭から無視したのだ。
どれほど優秀であろうとも、これでは評価の対象にはなり得ない。
「リンク=リンセント、食えない男だ」
絶好のアピールができる場面でありながらも、自らを貶める行動をするとは。
あの男ならきっと、実戦を意識した策だった用意できたはず。
「どうやら、おまえの勘が当たっていたようだな」
「だとすれば、彼はどうなるのでしょうか?」
「リンセント家は騎士の称号を剥奪され、全員が死ぬ。もしくは、それに近しい罰が与えられるだろう」
被保護者の犯した罪は家長にも責任が問われる。
子供なら両親、妻なら夫、使用人なら主――知らなかったでは済まされない。
「でも、彼は免れますよね?」
「スーリヤなりコリンズが庇えば、な」
「ディルド様は?」
「俺の出る幕などあるものか。コリンズの悪巧みだけは阻止させて貰うがな」
スーリヤは素直に庇うだろうが、コリンズは違う。
秘密を盾に、取引を持ち掛けるに決まっている。
「これ以上、コリンズに有能な奴隷を与えるわけにはいかない」
現状、外敵を抱えていないのは南方帝国のみ。
奴隷を集めていると聞けば笑っていられるが、忠実な兵を集めていると言いかえれば、穏やかに聞いてはいられなかった。
「では、早急に動きましょうか?」
「わざわざ、動く必要はない。ある程度は予想がつくからな」
「そう、なんですか?」
イラマには見当もつかないのか、困惑した表情を浮かべる。
「実のところ、珍しいことではない。生死さえわかればなおさらにな」
そう言って、ディルドは小さく耳打ちした。
「……そんなことがあり得るのですか?」
「俺の言葉が信じられんか?」
「いえ、そういうわけではございませんが……」
「家にとっては恥でしかないからな。意外と多いのだが、表に出ることはない」
困った趣味の持ち主たちを思い浮かべていると、教官の鋭い声が実に引き戻した。
彼らが見ているのは北方彼方――
「……軍鳩です! 数が多いことからして、重大なことが起きたのでしょう」
目に捉えるまでもなく、イラマが教えてくれた。
教官たちの反応からして、見解に間違いないようだ。
ふと思い至って地上を見下ろすと、リンクとコリンズが目敏く注目していた。勝利の余韻に浸っている様子は微塵も見受けられない。
二人は軍鳩の動きを追い、ディルドに気づいた。
コリンズは悔しそうに地団太を踏み、リンクがそれを宥めている。
地上の二人を尻目に、ディルドは教官たちに歩を進める。
しかし、こちらが近づく前に文の内容はもたらされた。
「――アトラスが落ちただとっ!?」
あり得ないという、心の底からの叫び。
危急の情報をいち早く知れたことを、ディルドは心の底から喜んだ。
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