第10話 決闘、乙女の構え

 日が高く上がる頃になると、生徒たちは一旦解放される。

 午後からも似たような訓練が待っているものの、時間は充分に空いていた。


「騎士様と戦いたかったら、俺を倒してからにしな!」

 

 その合間、下級生が上級生に一騎打ちを挑むのが慣例となっていた。

 中でも騎士や貴族は大人気なのだが、リンクはこれ見よがしに剣と盾を地面に放り投げ、グノワに露払いをさせている。


「弱い、弱い、弱いっ!」

 

 続々とやってくる下級生を、グノワは一蹴していく。戦うのが好きな彼にとって、この役目は得しかなかった。

 貴族たちも金か物品で強い生徒を雇い、似たような真似をしている。騎士に限っては幼い頃から訓練を受けているからか、自身の力量だけで事足りていた。


「いやぁ、大人気だね騎士様」

 

 他人事のアーサーが楽しそうに行列を指さし、リンクは溜息を漏らす。

 ――これもスーリヤの所為だ、と。


「アーサー、おまえも行ってきたらどうだ?」

「そうだね。どう見たって、グノワの相手にならないのなら考えてもいいかな」

 

 技術はともかくとして、単純な力ならアーサーもそれなりに強い。

 農民の出である二人は幼い頃から農作業に従事していたからか、持久力もありバランス感覚にも優れていた。

 

 そう、下半身と上半身を連動させる術を体で覚えているのだ。

 

 それは、小手先の技術に頼った剣で崩せるものではない。

 騎士や貴族に憧憬を抱いているタイプに、そういう剣は多かった。形から入りたがるのか、構えや技に意識を割き過ぎて隙だらけ。

 

 グノワは相手の太刀筋にあえて剣戟をぶつけ、武器を弾き飛ばす。それは決闘ではなく、戦場の剣。敵を捻じ伏せる一撃ゆえに強い。


「リンク=リンセント」

 

 アーサーがいなくなった途端、呼びかけられた。


「フィリスか」

 

 振り返ると、銀色の髪が風に揺れていた。


「手合せを願います」

 

 雑談を挟まず、フィリスは剣を抜いた。

 丸い柄頭に十字形の鍔、長さも太さも至って普通の片手剣。


「スーリヤはどうしたんだ?」

「スーリヤ様は最上級生と手合せしている」

「なるほど」

 

 実に彼女らしい、とリンクは笑う。


「にやけてないで剣を抜いてください」

 

 こちらもまたらしいと、リンクは剣と盾を拾い上げる。

 左手に剣、右手に胸部を隠せる程度の丸盾。重ね合わせた木板の表面に鉄を覆った簡素な作りだが、振り回すには適した重さ。

 円周の上下にある僅かな窪みが特徴的なのだが、フィリスも同じものを手にしていた。


「左利きでした?」

「さて、どうだったかな」

 

 馬鹿にされていると感じてか、フィリスは唇を引き結んだ。

 盾を前に出し、窪みに剣を乗せる突撃の姿勢――本来は、槍で行われる構えを取った。

 

 リンクは反対に右半身を敵へと向ける。

 そして同じように剣の刃を盾の窪みへと置き、

「来い」

 先手を譲った。

 

 瞬間、放たれた矢のようにフィリスは馳せる。

 盾に身を隠し、四足獣のように低い位置からまず、剣を振り上げた。だが、最初に牙を剥くのは遅れて振るわれた盾。

 

 リンクはそれを盾――右手の力だけで止め、袈裟斬りを左手の剣で受ける。

 助走の勢いに加え、体ごとぶつかったにもかかわらずフィリスの攻撃は軽かった。幼い頃から鍛えられた肉体でないぶん、大地に根を張るような力強さが感じられない。

 

 反面、技術は大したものである。

 

 盾でリンクの剣を絶妙な角度で受けては滑らせ、その流れのまま攻撃へと転身。空ぶっても身体を捩じり、勢いを殺さずに次の攻防へと繋げる。

 左右の手は武器であり防具であった。

 彼女は器用にも剣と盾を自在に使いこなし、攻防一体の猛攻を仕掛けてくる。

 

 有意義な練習になるとリンクはしばらく防御に徹するも、周囲に人だかりができ始めたので、終わらせることにした。


「……はぁ、はぁ……?」

 肩で息をしながら、フィリスは怪訝な顔を浮かべる。

 

 リンクは前に伸ばした左手を内側に大きく曲げ、切っ先を後方に向けたまま盾に乗せていた。

 かような状態で向かってきたので、フィリスは目に見えて足踏みする。

 

 それでも受けると決めたのか、迎撃の姿勢。口元を覆う高さまで盾をかかげ、剣の切っ先を斜め下に向ける位置で構える。

 

 果たして、決着は一瞬だった。

 

 まさに鎧袖一触がいしゅういっしょく――予想外の攻撃にフィリスは対応しきれなかった。

 構えからして、リンクの剣戟は薙ぎ払いしかありえない。そんな常識を裏切るように放たれた点の一撃――彼は真っ直ぐ、柄を叩きつけてきた。

 

 その衝撃はフィリスの細腕だけでは耐え切れず、彼女は自らの手で自身の胸を打ち据える羽目となる。それでもどうにか剣を落とすも、割り込んできたリンクの盾が妨げる。

 

 そして、彼が交差した腕を一気に振りほどくと、彼女の剣と盾は弾き飛ばされてしまった。

 共に柔らかい大地に突き刺さり、決着の音は静かであった。


「やけに落ち込んでいるが、勝てる気でいたのか?」

「……実を言うと、そうです。技術でなら、負けないと思っていたんですけど……」

 

 素直に負けを認めるのが嫌だったのか、彼女は小さく首を振って言葉を止める。それから立ち上がり、形式的な謝辞を述べて武具を拾いに動く。

 

 その間、周囲からは囁くような悪口あっこうが投げかけられていた。

 所詮は奴隷だと、分際を弁えていろという視線にフィリスは晒される。

 

 ほとんどが、貴族とそれに準ずる者だ。

 だから、間違ってもストレンジャイト家を貶すような真似はせず、フィリス個人に徹底していた。

 

 他はリンクと戦う為に行列を成していた生徒たち。不公平だと、ある意味真っ当な不満を吐き出している。

 

 その両方を、フィリスは黙って耐え忍んでいた。侮辱がスーリヤに及ばない限り、周囲に一切の反応を示さない。

 商品のように、ただただ黙っている。

 

 リンクもそうだ。

 全生徒の前で目立つわけにはいかないので、なにもしない。

 周囲を黙らせることも、反感を抱く素振りも、フィリスに声をかけることも、気遣う気配も見せず佇むだけ。

 もとより、自分がどうこうする必要がないと彼は知っていた。


「おらおらっ! 次はどいつだ!」

 

 場の空気を払拭するかのように、グノワの声が響き渡る。

 アーサー曰く、ガキ大将であった彼は基本的に貴族や騎士といった身分の高い人間が嫌いらしい。

 ここぞとばかりに声を荒げ、不遜にも剣を向けては「おまえか?」と、挑発している。

 安い挑発に乗って、貴族の何人かが自分の手駒を差し向けるも、グノワは負けを知らなかった。

 

 こういう手合いにグノワは手加減をしない。

 

 殺す勢いで襲いかかり、たいていの相手は怯懦きょうだに流される。彼の剣は乱暴に過ぎるので、直撃の前に止めてくれると信じられないのだ。


「弱っちいな」

 

 これ見よがしに吐き捨て、グノワは口元を吊り上げる。


「なら、私の相手をして貰おうか」

「どいつだ?」

 

 グノワは人混みから放たれた声の主を探し当てると、

「あー……騎士様っ! ――出番だぞ」

 あっさりとリンクに譲った。


「む? 何故だ?」

 姿を晒したスーリヤは不機嫌な顔で突っかかるも、


「いや、だってなぁ……」

 グノワは要領の得ない返事で誤魔化した。


「スーリヤ、悪いが俺が相手だ」

 

 なんとかしてくれと視線で訴えられ、リンクは面倒事を引き受ける。

 見たところ、スーリヤの防具は充実してはいるが絶対に怪我をしないとはいえない。

 万が一を考えると、グノワの気持ちはわからないでもなかった。


「癪だが、いいだろう」

 スーリヤは劇の一幕のように剣を抜き、鳴らす。

「どうやら、フィリスの仇を取らねばならないようだしな」

 前もってリンクに挑むことは聞いていたのか、ちらりとフィリスを流し見て、スーリヤは察した。

 

 スーリヤは両手で剣を握る。この辺りでは見かけない、片刃の剣。刀身が僅かに湾曲しており、切断に特化した造り。

 

 それを見て、リンクは盾を放り投げた。

 合わせるように、両手で剣を握る。


「その握り……貴様、左利きだったか?」

「さて、どうだろうな」

「まぁ、いい。剣を合わせればわかることだ」

 

 不敵に笑うなり、スーリヤは剣を肩に担ぎあげる攻撃姿勢――乙女の構えを取った。


「それでは――参ります!」

 

 さすが皇女というべきか、丁寧な名乗りだった。


「あぁ」

 

 リンクがぞんざいに応じると、彼女は左右に跳びつつ間合いを詰めにかかる。足りない力を勢いと体重で補おうと――全身の力で振るわれれば、女の剣といえど甘くはない。

 

 が、相応の技量がなければ自滅する。

 

 むろん、彼女はそこまで未熟でも阿呆でもない。攻撃が限定される構えなのは、誘っているからだろう。

 

 しかし、リンクは乗らなかった。

 隙だらけの左側を無視して、初撃を受けるべく刀身をやや逸らして置く。

 

 スーリヤは滑るように反復しながら、間合いの近くまで達すると鋭角に踏み込み、剣を降りしきった。

 想像以上に早い、と思いながらもリンクは難なく受ける。

 重い一撃だったが、男に比肩するほどではない。あくまで、彼女の体型から繰り出されるにしては驚きに値する威力。

 

 そう、余裕をみせていると擦過音。湾曲しているからか、リンクの予想を上回る速度でスーリヤは刃を滑らせた。

 

 最初の勢いを殺さず、次の刃が閃く。

 

 腕を引いてリンクは受け止めるも、遅れて届いた衝撃に体勢を崩す。あろうことか、スーリヤは刀身に蹴りを叩き込んだ。

 片刃だからできる芸当に感心しながらリンクは後方へと跳ぶも、着地の前に金の尻尾が追いすがり、更にもう一撃。

 手首を返して防ぐも、手の力だけでは厳しかった。地面に着いた足は踏み止まれず、彼はたたらを踏む。

 生じた隙を逃がさず、スーリヤは高く振り上げた剣を叩きつける。


「おー、騎士様が押されてるぞ」

 

 グノワとアーサーは楽しそうにリンクたちの決闘を見ていた。


「うん、そうだけど。騎士様って左利きだったっけ?」

「少なくとも、俺とやってる時は違うな」

「となると、器用だね」

「つーか、よく考えてるよ」

 

 負けん気の強そうな少女に手加減すれば、口うるさいに決まっている。かといって、本気でやるには抵抗がある。

 そこで、左右の手を反転させるという発想をグノワは賞賛していた。


「本気には違いねぇもんな」

 

 一貫して、リンクは攻撃を受ける側だった。

 スーリヤの剣は風の如く。反りがあるからから、直剣ではあり得ない速度で縦横無尽に刃が踊る。

 その熾烈さに、リンクは疑問を抱かずにいられなかった。

 

 ――こいつ、止める気あるのか?

 

 彼の鎧では上半身と肩までしか防げない。スーリヤみたいに腕や脚を護る防具がないので、もし直撃を受ければ軽傷では済まなくなる。

 

 スーリヤはひたむきに剣技を披露していた。

 没頭しているのか、不躾な視線にも動じる気配をみせず、汗を流し、息を荒げては向かってくる。

 

 リンクは彼女の様相をまじまじと眺めながら、全ての剣を正面から受けていた。手を反転させている為、いなすといった繊細な動きができないのだ。

 それでも、スーリヤの太刀筋は完璧に捉えている。

 その先見があるからこそ、慣れない握りでありながらも間に合っていた。


「ところで、最上級生との決闘はどうだったんだ?」

 大きく距離を取り、リンクは投げかけた。


「……む? いきなり、なんだ?」

 急な問いかけに威勢を挫かれてか、スーリヤは足を止めて応じる。


「ただの好奇心だ」

 

 結果によっては負けなければならないので、リンクにとっては大事な質問だった。


「貴様の姉以外には勝ったぞ」

「そうか、リアルガ姉さんが勝ったか」

 

 ――なら、俺が勝っても構わない。


「中断して悪かったな」

 

 構え、リンクは再開を促す。

 しっかりと呼吸を整えていたスーリヤはすぐさまステップを刻み、リンクの死角に回り込んで剣を振るう。

 

 しかし、これまでとは違う手応え――刃を滑らせることがかなわなかった。

 

 リンクは器用にも、刀身の根元と鍔で押さえ込むように受けていた。形状からして、軽い切っ先よりも重い鍔元のほうが剣は強い。

 

 そして、こうなってしまっては一瞬で勝負は決まる。

 

 咄嗟の判断でスーリヤは剣を押し込み、迫り合いに持ち込もうとするも、リンクはそれを読んでいた。

 絶妙なタイミングで剣を引いて彼女の均衡を崩すと、その首にそっと剣を沿える。


「はい、俺の勝ち」

 

 悔しそうにスーリヤは睨み付けてくるも、上気した顔では全然怖くない。むしろ、荒い息遣いと滴る汗も相まって嗜虐心を煽られるくらいだ。

 とはいえ、衆目の前でスーリヤに滅多な口を叩くわけにはいかない。

 しかも、いつからいたのかリアルガも見ている。


「はぁ……」

 

 リンクは剣を引く。

 せめて、降伏の一言くらい引き出してやりたかったが、仕方ない。

 フィリスとリアルガの二人が睨みを利かせている以上、紳士的に振る舞う他なかった。

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