第9話 合同訓練

 スーリヤたちの入学から数か月も経つと、しばしば合同練習が行われるようになってくる。

 

 そして、この日ばかりはさすがの貴族たちも学年序列に従っていた。

 

 リンクも例に漏れず、協調性を発揮する。

 合同練習となると、普段の緩さが嘘のように教官たちが厳しくなるからだ。

 

 実情はともかくとして、軍隊においては階級が絶対であると知らしめるのが目的であろう。規律と連帯感に欠ける行為をすれば、たちまち激しい叱責が飛んでくる。


 上級生が食事をしている間に下級生たちは鎧を着込み、そのまま食堂へ。

 食事を終えると、格子状の落とし扉がある西門から城壁の外へと足を進める。

 

 城の外は見渡す限りの平原。

 

 強い海風の影響か小石すら見当たらず、湿った柔らかい大地が広がっている。

 帝国街道やペドフィ湾のある東側と違い、こちらは人の気配が感じられないからか、どこか厳粛な気持ちにさせられた。

 もし一人きりで耳を澄ませば、きっと生物の鼓動が聞こえてくるだろう。

 

 しかし、現状は風情の欠片もない。

 

 天に反旗を翻すように並び立つ槍の穂先、陽ざしを遮る兜、風さえも妨げんと密集されし盾――針鼠の毛の如く蝟集いしゅうした生徒たちは、文字通り景色を変えていた。

 

 今の彼らは戦士という個体ではなく、兵士という群れである。

 

 軍楽隊の奏でる楽器に従って動くだけ。

 迅速に陣形を展開できるまで延々と。

 

 決して軽くはない槍と盾を手に、生徒たちは平原を駆け巡る。

 

 柔らかい土に足を取られないよう、手にした槍で味方を傷つけないよう、音色を聞き漏らさないよう、音の指示を間違えないよう、教官の無言の威令に急かされても衝突だけはしないよう、生徒たちは行動する。


「騎士様は相変わらずだな」

 小声でグノワがぼやく。

「学科に出てないくせして、一つも間違えやしねぇ」

 

 それでも、教官に見咎められなければいいと、口を開く者は少なからずいた。


「一通りの楽器は扱えるからな」

 リンクは簡単に言ってのけるも、楽譜の読めないグノワとアーサーには至難でしかなかった。


「騎士って、みんなそんなに芸達者なものなの?」

 リンクが応じたので、アーサーも会話に加わる。


「本や詩に出てくる騎士は、奉仕の精神が基本だったから――」

 

 その対象は主君、宗教、貴婦人。それらに尽くす、または喜ばす為にも、幅広い教養が必要不可欠とされていた。


「現実はお察しの通りだが」

 

 だからこそ、美化されているのだろう。

 騎士に限らず、権力者には美談が付きものである。

 

 けど、真に清廉潔白であるのならば、何百年も前の偉業に頼る必要性などない。

 

 いつまでも過去の栄光に拘るのは、それ以外に自らの立場を証明する術がないからに他ならなかった。


「……というかおまえら、さっきから全然、聞いてないだろ?」

 

 二人は楽器の旋律ではなく、リンクの動きで指示を判断していた。


「このあと、いつも楽させてやってんだからいいだろ?」

「グノワはそうだな」


「いやー、僕は騎士様じゃなくてグノワを見ているだけだから」

 アーサーは笑顔で屁理屈を述べた。


「まぁ、いいか」

 

 対話の相手がいれば気が紛れる。近頃のリンクにとっては、それはとても重要なことであった。

 本もなく一人でいると、どうしようもないことばかりを考えてしまう。スーリヤのせいだ。彼女があまりに近いから、分不相応の願いが鎌首をもたげてくる。

 

 そして、気付けば没頭している自分にリンクは嫌気がさしていた。

 どうすればその願いを叶えることができるか、本気で考えている自分が堪らなく嫌になってくる。

 

 ――答えが出ないからだ。

 

 様々な仮定から演繹えんえきしていっても、結果から帰納しようとしても望むものには届かない。

 自分の人生においてはそれが当たり前だったくせして、何故かこのことに関してだけは諦めることができなかった。

 

 好きに生きることなんて絶対に無理だと思っていたのに、気づけばやれてしまっている。

 

 しかし、この変化を手放しに受け入れるにはまだ抵抗があった。

 リンセント家にいた頃には考えることすらできなかったのだから、当然だ。

 今更、自由を差し出されたとしても、喜んで手に取ることはできやしない。

 どうせ欲しいモノが手に入らないのなら、自由なんてないほうがマシだった。

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