第5話 寛容な支配

 夕食の鐘が鳴り、多くの生徒が食堂に向かう。

 全生徒が一度に座れる席がないので、基本的には最上級生から――決まった規則ではないが、多くはそれに従っていた。

 

 割り込む者がいるとしたら、それは貴族や騎士の家系に連なる者たち。

 

 ただ、リンクは誰もいなくなってから食事をしていた。

 昨夜は例外――スーリヤが来るからと、料理奴隷たちが張り切っていたので割り込んだ次第であった。

 

 いつものように地下へ下りると、珍しく先客がいることに気づく。

 

 この通路の燭台に火を灯すのはリンクの仕事だったのだが、ついに先を越す者が現れた。

 僅かな期待を胸に書庫の扉を開けると、一つだけある丸テーブルに少女が一人、絵になる仕草で本を読んでいた。


 灯りに照らされた髪は銀色。

 肩に触れる程度の長さとはいえ、下を向くと垂れて邪魔なのか少女は耳にかける仕草をしている。

 

 一年間、誰も来なかったことを考慮すると下級生だろう。

 

 リンクは今朝と同じ椅子に腰を下ろし、そのままにしてあった本を開く。

 誰かが来ると予測していたのか、その位置はちょうど対面だった。

 

 少女が顔を上げ流し見るも、会話は発生しない。

 二人して、黙々と読み耽る。

 不思議と、居心地は悪くなかった。


「あの、少しよろしいでしょうか?」

 少女も同じ気持ちだったのか、安心した声色で話しかけてきた。


「なにか?」

 リンクは素っ気なく対応するも、


「貴方はここに慣れているようなので質問したいのですが、よろしいでしょうか?」

 少女は嫌な空気すら滲ませず、丁寧な言葉を返してきた。

 

 ここまで信頼した態度を取られると、無下に扱うのも忍びなかった。

 リンクは読んでいた本を手放し、先輩らしい応対に切り替える。


「答えられる範囲でよければ」

「では、お言葉に甘えて――」

 

 どうやら、彼女は礼儀を教え込まれた人物のようだ。


「書斎とこちらでは、どうしてこうも本の種類が違うのでしょうか?」

「もしかして、昨夜は書斎に入り浸っていたのか?」

「えぇ、まぁ。ただ、知っている本しかありませんでしたので」

 

 かなりの読書家である。

 リンクもはじめの内は書斎にいたものの、さすがに一日で飽きることはなかった。


「ここにあるのは、ほとんどが戦の記録書だ」

 

 元々、ブール学院はシャルオレーネ王国の領土。

 三百年ほど前までは、この場所がセクス半島へと続く唯一の陸路だったこともあり、国防の最前線であった。


 今では校舎として使われているものの、本来は城塞として作られた施設。


 だが、時代の流れ――主に架橋技術と造船技術の発達――に伴い不要となってしまったので、今では学校として再利用されている。


「つまり、その時代の置き土産だな。帝国だけでなく、シャルオレーネ王国も含めての」

 

 帝国では定められた賦役、貢納、軍役を果たせば文化や慣習はおろか、言語や宗教すら自由であった。

 だからこそ、他国の書物であれ焚書されることなく大事に保管されている。

 

 いわば、

 

 それゆえに、帝国は戦の度に有力な内通者を獲得することができ、少ない犠牲と短い時間で数多の国々を取り込むに至った。


「見たことのない文字は、シャルオレーネ王国のモノだったんですね」

 

 いくら寛容といえど、さすがに現在進行形で敵対している国の書物を大っぴらには扱えはしない。

 結果、こうして地下の書庫に眠っていた。


「読み方を教えてやろうか? 正確には、帝国の公用語に対応した辞書の在処を教えてやる、だが」

 

 リンクはパラパラと書物を流し見していた少女に申し出る。


「いいんですか?」

 

 他国の文化ほど、興味をそそられるものはない。少女の表情は逡巡していながらも、声は明らかに偏っていた。


「別に、俺の物じゃないからな」

 

 もう随分と前に不要になっていたが、記憶は確かだった。

 リンクは手間取ることなく見つけ出し、計八冊にも及ぶ書物を少女の目前に積み上げる。


「本当にありがとうございます」

 少女は深々と頭を下げ、感謝と共に手を煩わせてしまったことを詫びた。


「……どういたしまして」

 リンクは直感的に、少女が奴隷であると気づく。

 すなわち、スーリヤの奴隷に違いないと。

 

 年齢の割に大人びた顔つき。

 灰色の瞳は今でこそ遠くを見据える輝きを帯びているものの、過ぐる日は暗く沈んでいたに違いない。

 発育の良い身体付きからして、スーリヤの元でなければ今頃は客を取らされていたことだろう。

 

 人の視線に晒されるのが当然の身分だったからか、彼女は自然体でいた。

 

 見られていることを自覚しながらも、構える気配が一切ない。

 さりとて、貴族のように不遜でもなく、彼女はただそこにあった。

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