第4話 無償の裏側

 スーリヤと別れ、リンクは訓練を受けに動く。彼がサボるのは座学だけで、実技は真面目に参加していた。

 そのような勝手も教官は黙認している。

 

 貴族や騎士は敬う者だと、一般の生徒たちに教えることができるからだ。

 

 底辺と囁かれるだけあって、ブール学院の教官は質が低く、経験に乏しかった。

 たいはんは家柄こそ悪くないが、現場からはお引き取りを願われた士官学校上がりの貴族たち。

 

 性格か能力か、なにかしらがよっぽど残念だったのだろう。

 

 リンクは簡素な鎧を着込み、中央塔の外――といっても前庭へと出る。

 本当の意味での城外は、合同演習を除けばほとんど最上級生に充てられていた。


「やっと来たか、騎士様」

 

 リンクの姿を認めて、精悍な男が声をかけてきた。短く刈られた栗毛に淡褐色の瞳。同級生のグノワ・グロコーフェンだ。

 背はそうでもないが、顔と体躯は同じ年齢には思えないほど早熟している。


「しかし、綺麗な顔をしてるじゃないか?」

 相手の言わんとすることを理解して、


「俺の名前を教えたのはグノワか?」

 リンクは穏やかに答える。


「違う、アーサーだ。っても、あれは仕方ないと思うぞ。あの姫様、確信を持って俺らに訊いてきたからな」

「たいした記憶力だ」

「まったくだ。で、決闘は申し込まれなかったのか?」

「素直に謝ったら許してくれたさ。どうやら、彼女はとても優しいようだ」

 

 グノワは考えるような間をあけて、

「アーサー!」

 仲間を呼んだ。


「騎士様! どうしたの、傷一つついてないじゃないかっ!」

 

 駆け走ってくるなり、アーサー・アナドレイは歓喜の声をあげた。肩に触れる髪を揺らし、栗色の瞳を爛々と輝かせている。


「やった! 賭けは僕の勝ちだ」

「待て、アーサー。そもそも、決闘をしてないらしい。だとすれば、賭けそのものが成立しないんじゃないか?」

「なにを言っているんだい? 決闘を避けたというのなら、それは騎士様の勝ちだ。昨夜の彼女の剣幕を見たろ?」

「それが、スーリヤ=ストレンジャイトはとても優しい性格らしい」

「優しい? グノワ、時間のある時に辞書を引くのをお勧めするよ。きみにも少しばかりの学が必要だ」

「教えてくれたのは騎士様なんだが?」


「……本当かい?」

 騎士の発言を疑ってはマズいと思ってか、アーサーは掌を返す。

 騎士様と嫌味っぽく口にするものの、こういったところは徹底していた。


「あぁ、本当だ。なんか知らんが、懐かれたよ」

「それはまた凄いね」


「俺だって困惑してる」

 リンクは白状する。

 彼女と親しくなったのは嬉しいものの、素直には喜べない。


「贅沢言うなぁっ! あのストレンジャイト家の姫様に懐かれるなんて相当だぞ」

「そうだよ。上手くいけば、一生安泰だって」

「一生は言い過ぎだろ」

 

 四分治世テトラルキアとは名ばかりで、実質マラ帝国を支配しているのは東のディオアヌス家と西のクリソコラ家である。

 両家にとって、北のストレンジャイト家と南のコンスタンツ家は外敵に対する防衛拠点――緩衝材でしかなかった。

 元は、東と西で争っている隙を衝かれないように用意された一時的な身分。それがいつまでたっても統一の目途が立たないので、世襲化されているだけだ。


「けど、今のところ僕たちが生きている間に、大きな争いが起こりそうな気配はないじゃないか」

 

 東は大海原の彼方――未知の大陸からの侵略者に手一杯。

 西も砂漠の蛮族に手を焼いていて、とても統一に着手する余裕はなかった。

 そして、ストレンジャイト家の外敵――北のシャルオレーネ王国では、しばらく前から内乱が起こっているとの噂。


「それはわからんぞ、アーサー。もしかすると、こちらが北の侵略に動くかもしれん」

 

 答えを求めるように、二人は揃ってリンクに目を向ける。


「ここもそうだが、数年前から国は一部の軍学校を無償で提供している。そこまでして、有益な兵を欲するのはどうしてだと思う?」

 

 アーサーは言葉に詰まり、グノワは得意げに笑う。


「答えは簡単。北を手中に収めれば、帝国が統一に乗り出した際にも生き残れる可能性が高くなるからだ」

「それはそうだけど、あんま現実的じゃなくない? 北を攻めるには、峻険なペニバン山脈を超えていかなければならないんだよ?」

「過去に一度、越えられている。それに最高峰の雲越えバビエーカ山を避ければ、そう難しくもない」

「そちら側には、共に堅牢な城砦を置いているじゃないか」


「それをどうにかする為に、兵を育成しているんだろ」

 とどめをリンクでなくグノワに刺されて、


「はいはい、僕の負けです」

 アーサーは両手をあげた。


 全員の意見が一致したとこで、リンクは補足する。


「バビエーカ山を踏破するにしろ回避するにしろ、歩兵は必須だ。それも寒冷地の山を越えるとなれば、市民から徴兵した兵では事足りない。また単純に、お金を回している者たちを連れていけば経済に損傷を与えてしまう」

 

 となれば、育てるしかない。

 それもお金のない、無益な市民が良い。

 

 それがブール学院をはじめとした、無償で通える軍学校の正体。

 

 捨石とまではいわないが、必要な犠牲の育成。金かコネがなければ、卒業した後の道はきっとそこに繋がっている。

 

 おそらく、グノワとアーサーは間違いなくそうなる。

 

 リンクも定かではない。リンセント家は成り上がりの一代騎士なので、有力なコネを所持していないかった。

 かといって、素直に犠牲になる気もない。本音を言えば戦から離れた職に就きたいのだが、叶う道理はないだろう。

 

 ――恒久の名誉の為に、長子は須らく親の後を継がなければならない。

 

 特に、戦に連なる職種はその色が強く、長子だけでなく末子に至るまで強制されるのがこの国の実情であった。

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