第五章 『Time heals all sorrows』01
「もしもし?」
「も……! もしもしっ、東雲です!」
「ふふ、御先です。夜遅くにごめんね」
「いえ、全然!!!」
サエは大変に混乱していた。
なぜなら、好きな人から電話が来たからである。
先日の一件から数日。ヒズラギ捕獲をしたりしなかったり、宿題に精を出したり授業で半分眠ったりしながら、サエもユウカも普通の日常を過ごしていた。
今は夜の十一時半。電話が来るには遅い時間かなと思ったけれど、サエとしてはそんなことは関係ない。自室にいるから誰かに聞かれることもない。
そして一番重要なことは、とてもマナミの声が近い。
思わず手近なクッションを抱きしめてしまうサエである。
「で、どうしたの? おれなんかに用事?」
「なんか、じゃないよ。東雲くんだから電話したんだよ」
これだけでもう、"うれしい”目盛りいっぱいである。ますますクッションを抱きしめ、
「ありがとう、電話してきてくれて」
ただひたすら、真正直なことばを返す。
マナミは笑い、
「ほんとに、東雲くんはいいひとだね」
笑ってくれる声はうれしいけど、それで終わってはまずい。サエは真剣な面持ちが届くよう、付け加える。
「いい人どまりになるつもりはないですよ。振り向いてもらえるように頑張ってるところです」
「わあ、ほんとにそういうこと言うの、はじめて聞いた! 佐々河くんなら言いそうだけど」
その認識もよくない。サエはさらに付け加えた。
「……あのですね、この間も言ったけど、おれは本当に御先さんが好きなんです。一緒にいたいし、電話してくれたらすっごくうれしいんです」
言うと、マナミはまだ少々笑みを残しながら、
「ねえねえ、そういえば、どうしてそういうこと言ってくれる時って、ちょっと敬語なの?」
――――。
サエは、少々、不自然でない程度に黙り、小声で答えた。
「――……は、はずかしい、から」
「! そうなの!? すごい、かわいい!!」
「か、かわいい??」
かわいいと言われてよろこぶ男はユウカぐらいなものだが、そのユウカの『それは女性からの最大の賛辞なのだ』という台詞を思い出し、
「あ、ありがとう……?」
「どういたしまして」
マナミの声は弾んでいる。どうやら正解だったようだ。
「そっかぁ、私のこと、好き、でいてくれてるんだ」
「もちろん」
マナミは笑いを含みながら、
「ねえ、わたしのどこが好きなの?」よくある質問を口にした。
サエは即答する。
「銀髪と、お月さまの瞳!! すごく似合ってて、きれいだから」
「えー、外見だけ?」
なおもマナミが笑おうとすると、
「――強がり、言うとこ」
サエはそう、ふっと声を落とした。
「大丈夫って言うけど大丈夫じゃないところ」
「え……」
サエは考えてきたことをただ伝えた。
「強がり言うなら一緒に解決したいし、大丈夫って言うならそばにいて助けたい。恋なのか愛なのか、わからないけど、でも、俺は世界一君を大事にしたいんだ。すごい独占欲で、わがままで、優しくしたくて、君が好きなんだ」
数瞬、受話器から風の音だけが聞こえる。
「……伝わってる、かな」
「うん、なんか、声だけだからかな。すごく、いつもの何倍も、届いたよ」
マナミは、そこですっと呼吸をした。
「ほんとは、言いたいことが……あったんだけど――なんかすっきりしちゃった。東雲くんって、やっぱりすごいね。佐々河くんが一緒にいるのもわかるなぁ」
マナミの声が少しこもる。なにかを拭っているような仕草が聞こえる。
サエはちいさく尋ねた。
「どしたの?」
「うーん、外ちょっと寒いから」
「外、だよね。おうちにいたくないとか? ねーちゃんも、時々どっか行くから、……そういう感じ?」
「ううん、外に出るって、決めたの」
もう一度、マナミは言った。
「決めたの。今日にするって」
そこで苦笑する。ふっと息をつき、
「……でも、肝心な時に、ダメだね。頼っちゃった。
サエくんのこと」
どきりとした。
名前を呼ばれたことにでもあるが、その呼び方に。
まるで、何か、悲しいことをしようとしているような、不安をかき立てる言葉。
――……まさか。
サエははっとした。
慌てて窓を開け、ベランダにあるいつもの靴を履く。
「御先さん、今すぐ行く、今すぐ行くから、待ってて、待ってて!!!」
急に電話が遠くなる。ノイズが混じる。間違いなく"揺らぎ"の影響だ。
「――迷惑いっぱいかけると思う。だから、ごめんね、――さよなら」
そして電話は切れた。
ツーツーという音も聞かず、サエが夜空を見上げれば、今日は新月だ。そう、最も深い夜の時間に、彼女はヒズラギを使って『扉』を開けるつもりなのだ。
その時、急な暴風が叩きつけた。雲の速度が速い。窓がガタガタと鳴っている。
そう、この風の中心に、彼女がいるはず――あの公園に!
サエはユウカにメッセージを飛ばし、そのままベランダから外へと飛び出した。
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