第四章 『PIECE OF MY WISH』03

 一日の授業を終え、マナミは家に帰ってきた。

 今日は誰もいない。テーブルの上には、「捕獲に行く前に、ごはんをちゃんと食べること!」というメモと、おにぎりが数個、ラップでまとめられていた。

 それを見ていると、ふと、が作ってくれた「タマゴサンド」が頭をよぎる。おいしかったな……という感想と、料理がひとつも出来ない、という自分への反省だ。

 自分を「好き」だという彼とは、この間少し気まずくなって、それでも彼からの歩み寄りでまた元に戻って、なんだか、少しずつ距離が近づいている気がする。

 はじっと見つめるには照れくさく、かといって放ってもおけないような大事なものになっていた。

 このことは、まだユイたちには黙っておこう。……はずかしいから。


 ここは、「瑠璃原」という、マナミを預かってくれている家庭である。

 あのとき、誰にも予想できなかった『扉』の現出によって、マナミはたった一人になった。親族の誰もがマナミの将来に困惑し、ヒズラギ憑きになったことでどう関わっていいか無言になった。

 それなのに、まっさきに手を上げて、成人まで世話をしてくれると言ったのは、遠縁のこの「瑠璃原家」であった。

 両親とまだ中学生の三人家族は、覚悟を決めて親族会議に出ていたのだそうだ。

 同情は、あった。かわいそうなのは本当だった、と、瑠璃原の父、知泰ともやすは言った。だが、それだけで他人と暮らせるわけがない。ましてやヒズラギ憑きになってしまった人と付き合ったこともない。

 けれど、と言ったのは、瑠璃原の母、あかりと、その娘の桃子ももこだった。

 誰もが”初めまして”の人に会うときがある、マナミがどんな人かはわからないけれど、それを知る前から一歩引いては駄目だと。

 そして、何度か面談を経て、正式にマナミは迎え入れられ、今はこうしておにぎりを作ってくれるまでになった。

 ありがたいな、と心から思う。そして、再び自分は駄目だな、と思う。

 ……どうしてもかなえたいことがある。

 それは、自分を受け入れてくれた人たちだから、言えなかった。


 自室に戻り、押し入れにしまってある鍵のついた箱を出す。

 しっかりとした南京錠を開けると、そこには無数の小さなカード――スマートフォンに挿して使う外部メモリーカードがあった。

 一枚をそっと取る。この中に、ヒズラギは平均で10体。そしてカードの枚数は約90枚。

 じっと、その小さなカードを見つめる。

 これを、集めれば。

 箱を閉め、しっかりと鍵をかけ、いつも背負っているリュックに仕舞う。


 願いは一つ。

 あの日。

 『現出』でなにもかもを失った。

 目の前の公園が消し飛んだこと。

 シーソーも、ブランコも、何もかも。

 そして、繋いでいた手の先にいた人も。


 代わりに必要でないものばかり受け取ってしまった。

 この銀髪と、金色の瞳と、異能力。

 

 だから、あの日からひとつだけ決まっていた。


 あるべきもの、いるべき人、必要なもの。

 大事なもの、守るべき人、失ったすべてのもの。

 そのかわりに。



 ――――わたしは、ここにいてはいけない。

 


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