第四章 『PIECE OF MY WISH』02

「おっはよー、マナミ、ちょっとこれ見てくんない?」

「おはよう、ユイ、何見るの?」

 ユイ、と呼ばれた黒髪の彼女は、よっこいせ、と背中にくくりつけていたホウキを、答えたマナミのひとつ前の席に置いた。

「僕も見ていい?」

 マナミの横から、少し耳の尖った色素の薄い美少年が、淡いグレーの瞳を瞬いて言う。

「ヤノくんも? もちろん、ちょっと待ってね」

 そう言って、ユイは何やら紙を鞄から取り出そうとしている。

 ふとマナミが何気なくクラスを見渡すと、耳朶の長い金髪のエルフ(高橋さん)と、頭頂に猫の耳のようなものが生えている二人(ルンちゃんとキリィくん)が話をしている。水色の髪をお下げに結った子(フォーティちゃん)は本を読み、それを犬しっぽが邪魔していれば、犬耳の生えた男の子がごめんとお尻を押さえる(芝家くん)。

 カラフルで多様な種族たちの学校。第三封黎学園高校一年C組、いつもの風景である。

「よいしょ、出たぞ」

 ユイは引っ張り出した紙をマナミの机に広げた。三人で覗きこむ。

 それは、港東区の区報であった。ここ、平海区より東に位置する区である。

「なんでこんなもの持ってるの?」

 ヤノくんが首をかしげる。

「ふっふっふ、それはもちろん、来週から免許センターに通うようになるからです!」

 この場合、免許センターとは、「第一種普通異形対策免許」を取得するための場所を意味する。そして、この高校では、"歪み"や"揺らぎ"、『扉』に関することが多いカリキュラムが組まれている。

 ユイは出自は人間の女の子だが、魔法に対する親和性――つまり”揺らぎ”が一般の人より大きく生まれてきた。それを将来生かすため、『封印実行者』として使えるよう伸ばしている。

 そして、免許センターに通えるのが、高校に入ってからなのである。一般にはそこで半年程度勉強し、満16歳を迎えると免許を取得することができる。

「通えるようになるからには、いろいろ情報を集めないとなーっと思って」

 なので、色々な地区の区報を見ているらしい。そこには大抵、各家庭での異形対策はいかにすべきかや、区としての異形対策はこうしているなどの情報が載っている。

「そんで、ここね、マナミ」

 名前を呼んで、港東区報の一点、「今月のヒズラギ捕獲者」の黄色でマークしてあるところを指さした。

 "第三位 御先真望 104匹"

 そこに、マナミの名前はあった。

「……あちゃー」

 マナミは失策を小声で表現した。

「あちゃー、じゃない! 何よこの数、港東区は『扉』が複数あるから"揺らぎ"が多いったって、何をどうすればこんな数になるのよ」

 ユイは、む、という顔で怒った。ヤノくんも心配げに、

「単純計算で、一日10匹? でもそれじゃ時間が足りないよね。もしかして休日は自分から狩りに行ってる? そういうことしちゃダメだって授業で習ったじゃない」

 ヒズラギは闇に潜み、人のいない陰から生まれる。そのため、夜でなくても、昼間に廃墟や"歪み"の大きい場所に行けば、ヒズラギは狩れる。ただし、そういうところは大抵立入禁止であるし、通常の大きさのヒズラギ一匹ではなく、群れとなって襲ってくることも多いため、行ってはならないと学校でもしっかり教えられてる。

「ほら、言い訳なら聞くわよ、御先さん」

 ユイの怒りはまだ続いているようだ。だから、平海区の区報に載らないように、隣の区まで遠征して、ヒズラギ狩りを続けていたのに。マナミはユイの勉強熱心なところに改めて感心した。そして、言い訳がまったく思いつかないことにも気付いた。なぜって、マナミだって、友達には嘘をつきたくない。心配顔のヤノくんにだって、これ以上心配はかけたくないのだ。

「……あの」

「うん」

 マナミのことをじーっと見る、焦げ茶の瞳と、薄いグレーの瞳。

「……遠征、してて……」

「はい、それ校則違反ね」

「わかってます……」

「夜は?」

「あ、夜はちゃんと地元で捕まえて」

「で、この数になる、と」

「う」

 104匹。それは、ヒズラギ捕獲を専門とする、ハンター並みの数字である。

 ヒズラギは一匹につき、季節ごとに駆除費用が都から支給されるが、そこら辺のバイトよりよほどいい額がもらえる。今は季節的にヒズラギも少なくないが、学校にも通っていて、鐘が鳴るまでの条件付きとなると、

「相当無理してるでしょ……宿題だってあるのに」

 ユイは、怒るのをやめ、心配顔になった。ヤノくんも、

「御崎さん、課題は全部やってるし、予習だってきちんとやってきてるじゃない。それで、疲れないの? おうちの人も、心配してるんじゃない?」

「…………」

 マナミは、つい黙ってしまった。二人のいうことが正しいからだ。

 無理は、している。毎日飛び回ってるから、だるさが足から身体全体にきているのもわかっている。家族にも……そう、いつも自分を見守ってくれている人たちにも、遠回しに心配されているのは本当だ。

 だけど。

 マナミはリボンまとめてある銀髪を触って笑った。

「だいじょーぶだよ。これまで平気だったんだから、これからも大丈夫!」

「御先さんの大丈夫はあまり信用ならないなあ」

「そうだね、ヤノくんの言うとおり」

 と、そこで朝のHRのチャイムが鳴った。

「後でちゃんと説明してよ!」

 ホウキを後方の傘立てに立てながら、ユイは言った。

「ぼくらだったら、いくらでも相談のるからね?」

 そっと隣からヤノくんも言ってくれる。

 ありがたい友達だな。マナミはわかった、と二人に手を振り思った。

 でもね。

 

 ――どうしても、かなえたいことがある。


 

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