第四章 『PIECE OF MY WISH』01

「おーい、サエくーん」

「あ、"ぶちょー"じゃないですか。わざわざクラスに来るのめずらしいっすね」

 國鈴高校、三年生の教室。ようやく昼休みに入って、緩んだ空気が教室に満ちている。

 サエはタマゴサンド(作りすぎた余り)をもぐもぐしていた。そこに、眼鏡をかけたショートカットの女子が、軽く手を上げつつサエの机までやって来る。

 隣のクラスに所属している、合唱部の部長さんである。

「えっとね、今日からしばらく、音楽室が使えないから、それを伝えに来たよ。練習は廊下でやるから、適当に集合よろしくね」

「わざわざ連絡すいません。ていうか、なんでメールで伝えないんですか?」

「みんなのところを巡って、一人一人に言うのが『愛しくて』、つい」

「いとし……?」

「愛する人たちに、こうして毎日会えることが、には幸せなことなんだよ」

 部長さんは、合宿の部屋割りを女子側から危惧されるような本格派の変態で、たくさんの音楽を好み、アニメやゲームやマンガや小説が好きで、一人称が〝僕〟で、突然愛を語りはじめる詩人だった。

 あははっ、役満だね! と自分で言うタイプでもあった。

 そしてなぜか、ユウカと気が合うらしい。

 今も、どこからともなくやってきたユウカが、部長に紙パックのイチゴ牛乳をあげている。

 サエは何の気なしに尋ねる。

「部長、なんでそんなにユウカと仲がいいんです?」 

「ん? 見た目が好みだから?」

「見た目!」

 確かにユウカは見目がいい。茶髪で長身で猫背で無表情で気だるいけれど、ぱっと目立つイケメンだ。ついでに、運動以外のあらゆる事に対して天才だ。超・普通であることを自覚しているサエと一緒にいれば、それはさらに際立つだろう。

 でも、そんな風に即答する部長さんの言葉は、この場合まず信用できない。

 ユウカはふっと視線を落として言う。

「部長さんひどい、好きなのは外見だけで、俺とのこと本気じゃなかったんですね……」

「ごめん悪かったユウカのこと全部愛してる、からまたイチゴ牛乳買ってね」

 などと、手をつなぎながら急に小芝居など始める二人である。仲良すぎだろ。

 そのまま、「今期のアニメはなにがよかったか」という二人反省会を語り始めた。

 サエにはよくわからない話が多いけれど、二人ともとても楽しそうだ。

 そういう二人を見ているのが、サエは割合好きであった。

 たぶん、二人のこと自体も、割合好きだからだろう。

「とりあえず連絡了解です。歌の方はちゃんと練習しておくんで、発表会がんばりましょうね」

「おう!」

 部長と拳をぺちん、と合わせると、ユウカが不思議そうな顔をした。

「この時期に、発表会やるんだ」

「うん。さすがに最後の活動だけどな。他の部活は、三年の活動とっくに終わってるし」

「よく発表会の許可出たね。部長さんがんばった?」

「そーだよー。去年の合唱コンクールに無理矢理出たのが意外と好評でね、先生が、最後だしいいよって、音楽室取ってくれたんだ。土曜日だけど」

 にっこりとうれしそうに笑う部長さん。

「やれることは全部やっておきたいんだ。思い出たくさん残しておきたい。みんなと歌うの、大好きだし」

 それを聞いたユウカはなにやら少し考えて、部長さんに尋ねる。

「今からでも練習入れますかね」

「ほえ? ユウカくんもやりたいの? 男子が入ってくれるのは大歓迎だけど、他のメンバーがどんなか知ってるっけ……?」

「ラグビー部と、陸上部と、水泳部と、登山部と、体操部だって事なら」

「あ、サエくんに聞いてるか! それで平気なら、全然来てきて! みんなにも言っておく!」

 今日一番の笑顔を見せる部長さん。変態だが、やはり部活を特に大事に思っているのだ。

 ちなみに、一体なぜ、男声メンバーがそれら本格的運動系部活と合唱部を兼ねているのかというと、身近で頼んで興味を持ってくれたのがそんなメンバーだったから、という実利的な理由しかないのだが。

「――冷静に考えると、おかしい」

 合唱部なのに、二〇人にも満たない数で活動していることも含めて。

 サエが愛する部活に思いを馳せていると、ユウカは再び部長と話していた。

「曲は何をやるんです?」

「えっと、タニシュンと、ニイミを一曲ずつ。両方ちょい難しい。あとは、中学でもやるようなやつだけど、多少僕がアレンジを加えてあるよ。楽譜はサエくんからもらってね」

「了解です」

 そんじゃーよろしくねー。言いながら手を振って、部長さんは次の教室へと向かっていった。

 サエはごそごそと机から楽譜を出し、はい、とユウカに手渡す。楽譜を見ながらユウカがつぶやいた。

「俺タニシュン好き。これも好きだけど、やっぱり『あなたはそこに』とか」 

「おれも好き。本も持ってる。練習の時は、部長さんが歌詞を朗読してくれるんだ。なかなかいいよ」

「ああ、あの人、昔は演劇のようなこともやっていたそうだ。文化祭でもちょっとやってたよ」

「どんだけ趣味が広いんだ、部長さん……」

「だから毎日が愛しいって言うんだろうね。俺は部長さんがそう言えるところがいいと思う」

 部長とユウカは、仲がいいのは当然として、それ以外にもなんだか複雑な親交があるようだ。つまり同類、と言ったところだろうか。

 ――部活、友人、授業、学校。

 そういう、学生としての生活全体を考えるとき、サエは昨日笑っていたマナミのことを思い出す。

 彼女は、いま学校で、何をし、誰といるのだろうか。

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