第三章 『SAVED.』02
高校からバスで二〇分。緑あふれる公園にある、近代的なデザインの三階建て。
学校の図書館では蔵書量が不安なので、思い切って区内で最も大きい中央図書館まで遠出してきたサエたちである。
「ユウカはよく来るの?」
「うん。とにかく静かだし、理系の専門書も多いし、割合ハードカバーも多いし」
勉強しながら娯楽もできるとは、さすがユウカだ。
サエは何度か頷き、適当な閲覧机に荷物を置いていると、
「一度調べたことがあるから、適当に見繕ってきたよ」
ユウカはそう言って、何冊かの本を持ってきてくれた。仕事が早い。
タイトルからして入門編であろうもの、『被影響者』となった人の手記、専門用語で症例を扱っている大きいハードカバーなどなど……。
二人はそれぞれ本を読み、得られた知識をまとめつつ、箇条書きにしていくことにした。
・そもそも、ヒズラギに取り憑かれる人間というのはとても珍しい。
通常、〝揺らぎ〟の大きい場所というのは、近づかないよう警告されているため。(免許を持っている者は除く)。
・よって、「ヒズラギに取り憑かれた被影響者」はさほど多くなく、『扉』現出に巻き込まれて「
・以下、手記より抜粋。
『私を最も悲しい気持ちにさせたのは、周りの偏見でも、家族と別れたことでもなく、もう二度と元の生活に戻れないということでした。何の問題もなかったこれまでの生活から、厳しい手探りの生活へと変わらなければならない。この新しい瞳の色と、髪の色と、能力と共に。ヒズラギに憑かれることで、すべてを変えられてしまうというのは、そういうことなのです』
「――――」
情報が胸を刺してくる。なんだか息苦しい。
本に書かれていることは、細かなことをそぎ落とされた事実だ。
もちろん、文章にするために手を加えているところもあるだろう。
それでも、だから、だけど、でも。
ユウカが分厚いハードカバーを閉じる音に、はっとサエは顔を上げた。
「サエ、ちょっと外出よう」
「――……ああ……」
外に出た二人は、緑の芝に座り込んだ。
大きく深呼吸すると、周りの木々の香りで胸がいっぱいになる。
ユウカはサエを見つめると、軽く首を振り、
「サエ、あんまり深刻に捉えすぎてはいけない」
「でもさ、あれが実態なんだろ……」
サエは自分の膝の間に肩を落とす。
「おれは……おれじゃ何もできないんじゃないか……?」
むしろ、ただの高校生が、彼女の人生に、軽々しく関わるべきではないのではないか。
重くため息をつくと、ユウカが頭に手を置いてきた。
「そんなことはない。事実、サエのお父さんもお母さんも、被影響者のためにたくさん仕事をしている」
「――やっぱり、必要なのは専門家、なのかな」
少しだけ顔を上げて遠くを見るサエに、落ち着いた声で答えが返る。
「俺が読んだ本には、『普通に接するのが一番』と書いてあった。サエは、彼女にそれができると、俺は思う」
「普通に接する事って、必要なのか?」
「当然、必要だろ。考えてみればいい。
新しい環境や生活のために、専門家だけじゃなく、知人、友人、周囲の人も含めた、いろんな人の、いろんな助けが必要じゃないか?」
「いろんな助け……」
呆然とつぶやくサエの頭に置いた手で、ユウカは元気づけるようにわしわしとその黒髪を撫でる。
なんだよ、とこちらを向くサエに、ユウカがめずらしく少し目元を緩めた。
「つまり、ひっくり返して言うと、サエにしかできないことも、きっとあるって事だ」
「おれにしかできないこと?」
「彼女に、正面から『好きです、助けたいです、また会いましょう』なんて言えちゃうのは、今のところサエだけだろう」
「むぐぐぐ……」
唸るサエにユウカはまだ淡い笑みを消さず、サエの頭をぽんぽんと叩いた。
「次の偶然は、偶然じゃないぞ。必然だ。がんばれ、サエ」
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