第二章 『How I wonder what you are!』01

「――――ぶわっはっはっはっはっはっはっ、ふへ、ふひー、ちょっと、ユウカちゃん、冗談きつ……」

「しかも一目惚れです」

「うははははははははは!!」

「……泣くぞ、おれ」

 自分の部屋で涙を流して笑い転げる女性に、サエは怒りより先に、悲しみみたいなものを感じていた。

「はー、や、やるじゃん、我が弟よ」

 呼吸を乱しつつ、ぐっ、と右手でサムズアップをするのは、言葉の通り、サエの姉、東雲しののめすいだ。軽くパーマのかかった茶髪をかき上げながら、目尻をぬぐっている。

「ねーちゃんをここまで笑わせたのは、新世紀の素人の中ではあんたが初めてだ!」

「別にねーちゃんを笑わせたくて事後報告してるわけじゃねーから! あんたが二種免許持ってるからだから!」

「スイさんの趣味はどっちかというとシュール系では?」

「やだな、こんなにパンチのあるギャグだったら普通笑うでしょ……ぅくっ」

「思い出し笑いとかいいから! ユウカも確認するとこちがうから!」

「うんうん、そうよ、あんたの本分はそのつっこみなんだからね、あんま笑かす方に転職しないでね」

「俺も、サエはつっこんでるときが一番輝いてると思う」

「もうやだ……」

 おれに味方はいないのか、サエはさらに悲しくなった。


 さて、一晩明けて、サエの家に集合している、学校終わりのサエとユウカである。

 彼らのバイトであるヒズラギ捕獲については、「第二種大型異形対策免許」を持ち、経験や専門知識も豊富な姉に報告するのが常だ。この報告行為は自主的に行うものであるが、「努力義務」のようなもので、公には大いに推奨されている。

「第二種」の免許は、民間からの依頼と報酬によってヒズラギを捕まえることができるが、その代わり地域の「扉管理課」への報告義務がある。つまり、二種免許を持つということは、小さな事件を聞き、それを役所に上げるということでもある。

 それによって、ヒズラギの発生ポイントが集計の結果として限定されていったり、新たなヒズラギの捕獲方法が生まれたり、『扉』現出の兆候を発見することができる。そしてそれらが、サエたち末端の使うアプリケーションに反映されるのだ。

 それにしたって、今日はひどい。サエは心の中で目頭を押さえる。

「おれがどうしようと勝手のはずなのに、何でネタ提供みたいになってるんだろう?」

「そりゃあんた、ひっ……一目惚れで知らない女の子を好きになるなんて!」

 スイは一瞬出そうになった笑いを引っ込めて、びしっと弟を指さした。

「報告は後でいいから、とにかくどんな子か教えなさい。当然かわいいのよね?」

「ど、どんなって、そりゃ……」

「思い出すだけで照れるとか、そういうのはいらないから」

「照れるのは許してやりましょう、スイさん。醍醐味ですから」

「まあ、そうね……」

「おれの恋心を、醍醐味とかでまとめないでくれるかな!?」

「いいから続きしゃべって」

「なんなの、一回おれがしゃべろうとすると、全員で話ずらさなきゃだめなの」

「お約束だと思え」

「おまえら……」

 自分の話がどんなに遮られても、その一言で許してしまうところが彼の長所でやや短所だ。

 サエは顔を赤くしながら、昨夜のことを思い出した。

「えっと、年は同じくらいに見えたよ。髪が長くて、腰より長いくらい。黒いリボンで……こう、二つに結ってて」

「ああ、ツーサイドアップってやつね」

「そうなのかな。とにかくそれで、背は……女の子としては普通かな」

「一五〇センチ半ばくらいだったかと」

「うん、それで、割とスレンダーで、白いワンピースが、よく似合ってて……」

 言っているうちに、なんだかどんどん恥ずかしくなってきてしまうサエである。

 ふむ、とスイは腕を組んだ。

「で、当然、一目惚れするくらいにはかわいらしい、と」

「うん、うん、うん」

 三回頷いてしまったりする。ユウカも頷いて、

「そうですね、ぱっと目立つ顔立ちで」

「え、笑顔とえくぼがかわいくて……」

 そして。もじもじとサエは付け加えた。

「きれいなプラチナブロンドで、お月様みたいな目の色をしてた」

 それを聞き、スイは少し瞬いて、わぉ、とつぶやいた。

「その子、〝ヒズラギ憑き〟なの?」


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