待ち合わせ

コオロギ

待ち合わせ

 真夏のアイスコーヒーの氷を指で弾いたときの、あのなんとも耳に心地いい音。

 喫茶店の扉ってどうしてどいつもこいつもみんな美声なのだろう。羨ましい。

 新たなお客が一人、店内に入ってきた。少し屈んで、まるでくぐるような動作。背高すぎ。妬ましい。

 若干動きがぎこちなくきょろきょろと辺りを見回すのは、彼はこの店に来るのが初めてだから。

 彼はおそらく、窓際の二人席に腰かけるに違いない。ほら、やっぱり。

 待ち合わせの相手を見つけやすいからね。

 ふっと一息吐いて、彼が白いTシャツの襟元をばたつかせていると、店員が注文を取りにやって来た。現在時刻は午後一時半。彼はちょうどバイト上がりで、お昼をまだ食べていないはず。さあ、相手が来るのを待ってから注文するか、それとも空腹に耐えかねて先に食べちゃうか?あ、何か迷ってる、大急ぎでメニューを読み込んでから…お、何か指差してオーダーした。何を注文したか、予想としては、控えめにドリンクだけ注文、といったところだろうか。

 たびたび上体を横に倒して窓の外の通りを窺っている。

 そわそわと落ち着かない。普段待つ側というのをやってない証拠だと思う。

 お待たせしました、とやってきた店員が盆に載せているのは、おお、まさかのケーキセットですか。

 無表情に軽く会釈して受け取っているのはアイスコーヒーと手のひらサイズのモンブラン。一口で食べれてしまいそうなそれを、小さなフォークでさらに小さく切って口に運ぶ。

 あ、笑った。

 すんごいいい笑顔。

 彼が甘いもの好きだなんて初めて知った。

 よしよし、いい情報をゲットだ、次のノートの貸出し交渉の際は甘いもので釣ることにしよう。

 あ、しまった、目が合っちゃった。

 ふと横に振った彼の視線は、通路を挟んだソファー席に座っているこちらの姿をしっかりと捕らえていた。

 瞬時に彼の顔からは笑顔が消え、目が大きく見開かれた。そんな静止した彼の表情を肩肘をついて眺める。

「ばれたか」

 徐々に彼の顔が赤くなっていく。それに伴い怒りも膨らんでいくのが分かる。

 彼の向かいの席へ移動して、いやだって全然気づかないもんだからと笑いを堪えずに言い訳をすると、余計に彼の不機嫌を深めてしまったらしい。

「すみません」

 彼は店員を呼ぶと、これとこれとこれ、ライス大盛りでとさらりと注文した。

「お前の奢りな」

「わあ」

 まあ悪いことしたしなあと反省していると、彼はぷりぷり怒りながらもそれは美味しそうにモンブランを頬張ったので、こちらとしてはこれ以上彼の逆鱗に触れぬよう、吹き出しそうになるのを必死に堪えなければならなかった。誤魔化すためにアイスコーヒーを一気に飲み干しグラスを戻した瞬間、カラン、とまだ形の残る氷のからかうような音が響いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

待ち合わせ コオロギ @softinsect

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ