第3話 出張

 転生なさる皆様へ

 当窓口は、

「イエティになりたいんです。どうしたらいいですか?」

 こういう進路明確なお客様も大歓迎です。


 私が対応しようと席を立つと、茜さんがさっさと窓口に腰掛けた。

 珍しいな、と思いつつ、腰を浮かせてしまった手前、なんとなく茜さんの隣に並んで座った。

「イエティですか」

 接客用の柔和な笑みを浮かべて茜さんが再確認する。

「はい!あ、UMAとかはやっぱり無理ですか?なれませんか?」

「いえ、なれますよ」

 ケモ耳にはなれませんが。

「UMA枠ですと、ツチノコとビッグフットも空いてますよ」

「イエティがいいんです!」

 人であるならば、鼻息も荒く、という風情でお客様は身を乗り出した。

「ポイントを見せていただいても構いませんか?」

「はいっ」

 手にしていた用紙を確認すると、3000ちょっと。イエティのポイントは2500なので余裕だし、ちょっとしたおまけも付けられる。

「……どうですか?なれそうですか?」

 不安そうなお客様に茜さんは微笑んで、ポイントの割り振り例をいくつか示した。お客様はそれに真剣に聞き入っている。

 なんとも珍しい光景だった。

 UMAに興味を示すお客様自体は結構多い。けれどそれを選択するお客様はほとんどいない。

 まずUMAに興味を持つお客様はほぼ元人間であり、その時の記憶から物珍しさへの好奇心が掻き立てられるのだが、いざなりたいかと問われれば、現実味がなく選択肢に入らないようなのだ。

 よっぽどUMAとかが好きだったのかな。〇〇探検隊みたいな?

 そんな疑問が顔に出まくっていたのか、お客様が少し照れたように「やっぱり変ですよね」と笑った気がした。

「とんでもないっ」

 慌てて否定する。

「選択肢の一つですし、変なわけないですっ。お気に障ったのでしたら申し訳ありません」

「いいですよ、僕だって変だな~って思ってますし」

「いえ、ほんとに。ただ興味を持つ方は多いのですが、実際なりたいという方はあまりいらっしゃらないので、つい」

「ですよね~」

 お客様は我が事ながら呆れるような、でもとても優しく笑ったような気がした。


* * *


 で。

 ビョオオオオオオオオオオ

 荒れ狂う吹雪の中、なう。

「さ、寒い、気がします!茜さん!」

 吹雪の唸りに負けないよう声を張り上げると、茜さんはうるさそうに振り返った。

「修業が足りない。ほら、さっさと行くぞー」

 久し振りの現世。私は死んでからまだ半年だからか、こうしていると生きていた時の意識が自然と戻ってくる。

 すでに肉体はなく、意識だけの存在――ゆえにその意識の持ち様で感覚も左右される。

 つまり現状、私が視覚情報で昔の感覚を思い出しているがために、寒い気がするのだ。

 寒い、と思わなければ寒くない。

 それを体現するように、茜さんは先程立ち寄ったネパールの民族衣装でゴキゲンに空中歩行している。

 私にもできるはず。事実、普段お客様がいないところでは普通に飛んでいる。なのに、現世にいるというだけで何故だか意識が人のものとなる。

 死んでまで常識に捕らわれる自分が恨めしいです、こんちくしょう。

 寒さが強まった気がして登山者のようなもこもこの服を着、雪に足を捕らわれながらもたもたと歩く。

「これだから重力に魂を引かれたヤツは……」

「隕石落として解放してくれるんですか?」

「他人に頼らず自分でやるくらいの気概を持てよ。まったく、甘っちょろい坊やだねぇ」

 強烈な吹雪をものともせずに寛ぎまくった姿勢で浮いている茜さんに、さすがに苛立ちがわく。

「すみませんね、修行不足で!」

「声張り上げなくても聞こえてるって」

 声も肉体から発せられているものではないから、ボリュームを上げなくても届くのだが、

「あ~そうですか!すみません!!いろいろ!」

 疲労と苛立ちが相まって、余裕のない振りでちょっとした嫌がら……もとい、必死な後輩アピールをする。

「おまえは変なところで頑固だよな」

 茜さんは呆れて嘆息し、「ほら」と手を差し出した。

「素直に、たすけてくださいせんぱ~いって言えばいいのに」

「助けてくださいせんぱーい」

「うわぁ感情ゼロかよ」

 それでもおかしそうに茜さんは笑って私の手を取り、一緒に飛んでくれたのだった。


 相談窓口係の出張は、資料作成のための実態調査が主である。

 具体的に言うと、生物から私達は見えていないのを利用したストー……もとい生態観察をさせていただいている。そしてごく稀に、直接話してインタビューさせていただくこともある。やはり端から見ているだけではわからないことはたくさんあり、直接話を聞くことでの収穫は多い。

 そして定期調査も忘れてはならない。

現世は常に目まぐるしく環境が変化しており、それに伴い当然生物の環境も変わってくる。

  転生先の環境については「永続的な保証はしない」と明記され、書類提出窓口でもその事は念を押されるが、やはり相談窓口としてはできるだけ最新の情報をお届けしたい。


 そんなこんなで、今回はイエティの定期調査です。

「……でもイエティって、十年くらい前に茜さんが行ったばかりなんですよね?

茜さんが出張申請している時に、係長がそんなことを言っていた。

定期調査の頻度は、環境が変わりやすいものを優先とするため、UMAは一度調査した後はほぼ対象にならず、なにかのついでにちょっと様子を見る程度となっている。

 なので私も理由が知りたかったのだが、その後窓口にお客様が来たので聞けずじまいだった。

「まーね」

「前に窓口にいらっしゃったお客様となにか関係があるんですか?」

 いつぞやイエティに転生したいといらっしゃったお客様。茜さんがすぐさま応対に出た時から、なんとなく引っかかっていた。

「知り合いな感じがするとか?」

 お客様同様、私達も前世の記憶は朧気だ。私はまだ半年だけど、小毬さんたちはだいぶ経っているらしく、かなり記憶もフワフワしているらしい。それでも自分に縁ある者にはなにかしら感じるものがあるのだそうだ。

 そのケースかと思いきや、茜さんは首を振る。

「じゃなくてさ、あのセリフまた聞いたなって」


「イエティになりたいんだけど、転生先にイエティってありますか?」


 その時茜さんは、私も思ったように珍しいなと思ったそうだ。

 ポイントを確認し、オプション例を提案していると、そのお客様はやはり照れたように理由を語った。

「私は前世でイエティを探していたんですよ。ちょうど世界的に目撃談が相次いで、私も大学の研究の一環として探索に赴いたんです」

 半信半疑の探索がなんの収穫もないまま終わろうとしていた時、密集した木々の向こうに大きな影を見かけた。

 猿か、熊か、それとも――。

 そうして追いかけた先で雪に足を捕らわれ滑落してしまったそうだ。雪にまみれ、あちこちで身体を打ち、そして絶望しつつ意識を失った。だが、気が付いた時、

「私は洞穴の入り口辺りで寝かされていました」

 もしかしたら上手いことそこへ転がり込んだのかもしれない。それでも、背負っていたはずのリュックが側に置いてあるのを見て、これが偶然ではないと確信した。

「きっと何者かが、雪を避けられる場所に運んでくれたのだろう。そして滑落中に外れてしまったリュックを拾ってくれたのだろう、そう思ったんです」

 リュックがあったおかげで飢えを凌ぎ、幸い仲間とも合流できたそうだ。

「それから、私のイエティ探索がライフワークとなってしまいました」

 きっと自分を助けてくれたのはあの時見かけた大きな影、すなわちイエティに違いない。

 イエティは本当にいるのだということ、そしてそのイエティにお礼を言いたい。

 はじめは本当に、ただそれだけだった。

 しかしやがて状況は変わってくる。

 成果の上がらない探索に大学からはもう研究を打ち切るように迫られ、周囲からは変わり者、ホラ吹きのレッテルを張られる。それは家族にも及び、離婚せざるを得なくなり、イエティさえ見つかればと功名心ばかりが急き立てられ、そして。

「面白おかしく取り上げようとした出版社の支援で再びネパールを訪れ、そこで雪崩に巻き込まれてしまいました。さすがに二度目はありませんでした」

 そこで命は潰えた。

「それなのに、イエティですか?」

 茜さんがそう訊くと、「だからこそです!」と答えが返ってきたそうだ。

「イエティになれば、イエティ同士!記憶はなくても、一緒にいれば助けて助けられて、少しでも恩返しできるじゃないですか。それにですよ、もしイエティになった私が人に見つかれば、私の家族だってもう嗤われることはなくなるじゃないですか!」


「これぞ一石二鳥、って笑ったみたいだったな」

 そこまで聞いて、私は当然のごとく、前にいらっしゃったお客様を思い出した。

 少し照れたようなあのお客様だ。

「実は僕の父、すごい変わり者でして、真剣にイエティを探していたんですよ」

 嘘つき呼ばわりされ、笑われる父。母親は周囲の誹謗中傷に耐えられず離婚したものの、それでもどこかではまだ愛していたのだろうと、そう感じることがあったそうだ。

 だからだろうか。

 一時は恨んで憎んだものの、自分の家庭を持ち父親となった時に、

「ようやく不器用な父を許せました」

 自分を膝に乗せ、イエティのことを語って聞かせる父親は実に楽しそうで、それだけで一緒に楽しい気持ちになれた。それはとてもきらきらと温かい気持ちだった。

「あんなにイエティ好きで追っかけていたんだから、きっと生まれ変わってもまたイエティを探すと思うんです。――だからイエティになって、夢をかなえさせてあげたいなって」


「あ!そういえばあのお客様、まだ縁結び切れてませんでした!」

 ということは、あのお客様が転生した暁には、父親と再会できる可能性も高い。

 お客様が望むような発見者と対象者ではなく、もっと近しい関係で。

 なんだか嬉しくなって笑ってしまった。

「素敵な話ですね」

 イエティの親子か。

 茜さんの作成した資料に載っていた毛むくじゃらのイエティ。その隣に小さなイエティが並ぶのだろうか。

 ん?

 ふと、我に返る。

「茜さん、イエティって繁殖するんですか?」

 ただでさえ個体数が限られていて数えるほどしかいないUMA。その誕生はいかにしてなされるのか。

 今まで気にしたことがなかったので、興味津々で茜さんに質問の波状攻撃を浴びせる。

「というか、性別あるんですか?あ、なくてもカタツムリみたいに雌雄同体なら単体でいけますよね?その類ですか?まさかキャベツ畑とかコウノトリとかそんなファンタジーな誕生の仕方しないですよね?でも繁殖しないとUMA絶滅しちゃいますよね。って絶滅しててもわかんないですね。あ、でも絶滅してたら選択肢からも消えるんですか?」

 さすがに苛立ったらしく、「うるせえ!」と至近距離で怒られた。

「すみません、でも気になって」

「手、放すぞ」

「待ってください、茜先輩!」

 腕に縋り付いて、先程教えられた処世術でかわい子ぶってみる。

「ぜひ教えてください、先輩♪」

「とってつけたようなあざとさは可愛くないんだよな~」

 ならば、と別のアピール方法に切り替える。

「なによ、べつにあんたのことが気になるからきいてるんじゃないんだからね!勘違いしないでよね!」

「ええ~、どうしてツンデレチョイスした?」

「小毬さんが大抵の男はこれでいけると」

「さすが小毬。こじらせてるな~」

「中二病王に俺はなる、と宣誓されてました」

「帰ったら優しくしてやろう」

 ほんのり優しいモードになった茜さんから、ようやく先程の回答があった。

「UMAは近しい種族と交配することで種を残すことはできるんだよ。しかもその種族はかなりざっくり。ツチノコなら爬虫類でOK的な」

「おおざっぱですね~」

「何しろ希少種だからな。DNAがめちゃくちゃ強い。あと、まあ……」

 珍しく歯切れの悪い言い方をしたが、私が好奇心剥き出しでランランと見つめていたためか、ちょっと嘆息してから続けた。

「ぶっちゃけ、UMAは親なしでも生まれるんだよ」

「ええー!どういうことですか!?ありなんですか、そんなの!?」

 この次元の生命体は、親が生殖して子が生まれるか、個体が分裂して増殖するかのどちらかしかない。

「おかしいじゃないですか!UMAはこの次元の生命体じゃないんですか!?そんな高次元の生き物ならもっとポイント高くないとおかしくないですか!?」

 腕をぶんぶんと揺すって問い詰めると、再び「うるさい」とアイアンクローをかけられる。

「すみません。お許しください、先輩様。でもこのやるせない気持ちは汲んで頂ければと」

「おまえのそういう言い方、なんかムカつくんだよな〜」

 という前置きはさらりと流し、「まあつまりだ」という言葉から耳を傾ける。

「この次元で途絶えても、ロフトで繁殖してるから、器はあるんだよ」

「え、じゃあずっとロフト暮らしでよくないですか?わざわざこっちに下ろさなくても」

「UMAはロマンたれ、とかつて偉大なUMAが言ったとか言わなかったとか」

「悔しいですが気概はわかる気がします」

「だよなー」

 そんなこんなのUMA談義をしているうちに、以前茜さんが取材した際に訪れた住処らしき洞窟に辿り着いた。

「まあこないだのお客さんが無事転生してるんなら、今回は生殖による繁殖だと思うけど」

 独りごちる茜さんに理由を問い返そうとしたが、洞窟の先がぼんやりと光を帯びているのを見て、言葉を飲んだ。

 近づいてみると、そこは広い空間で、上部の隙間から外の光が静かに降り注いでいた。

 その光に照らされた場所では、二頭の大人イエティが、間にいる子供イエティを守るようにして、すやすやと就寝中だった。


「メスイエティがいらっしゃったとは、びっくりです。茜さんはなんで知ってたんですか?」

「言ったろ、また聞いたな、って」

「言いましたけど」

 と、呟いてから気付く。

 また、というのが、私の知っているお客様だけではなかったと言うことだ。

「もしかして、あのお客様のお母様ですか?」

「さあね」

「そんな……素敵すぎじゃないですか!」

 イエティのために一度はバラバラになってしまった家族が、今度はイエティが絆となってまた家族となる。

「よかったです」

 思わず拍手してしまう。

「ちょ、おま、泣きすぎ。ブサイクなことになってる」

「こんな時くらいいいじゃないですかあ!」

 なんだか妙に嬉しくて、涙が溢れてくる。

 肉体はないから、この涙も私の意識が形作るものだけど、それでも後から後から溢れてくる。

「よかったですよね」

 語彙が足りなくて陳腐なようでもどかしいけど、今のこの気持ちに一番相応しいと思うそんな言葉を繰り返す私に、茜さんは苦笑した。

「資料修正するから、ちゃんと写真撮っとけよ」


* * *


 こうして数日後、相談窓口のイエティの資料は更新されました。

 苦労話は相変わらずですが、今は家族仲良くヒマラヤ生活を満喫している様子を伝えています。

「イエティの半分はロマンでできています」

 という私のふざけ半分のコピーが嫌がらせのように採用され、今まで一頭でダブルピースだったところには、差し替えられた新たな写真が。

 係長も、小十郎さんも、小毬さんですらつられて笑ってしまった、微笑ましい一枚。

 子供を挟んだ3頭のイエティのダブルピース写真。

 窓口を訪れの際には、ぜひ一度ご覧いただきたいです。

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転生なさる皆様へ 小曽川ちゃこ @halemon

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