第2話 通常業務
転生なさる皆様へ。
当窓口は、お客様の転生先、言わば進路相談の窓口です。
「なんで……?」
転生先の不明点、疑問点を解消し、皆様の選択により満足していただけるよう、お手伝いをさせていただく窓口です。
「なんでだよう」
なので――
「なんでだよおおお!なんでケモ耳ガールがキャッキャウフフな世界がないんだよおおおお!!!夢も希望もないじゃんかよおおおお!!作ってくれよおおおお!!!」
現システムを無視した無茶なご要望は御遠慮ください。
* * *
「いい加減、ご意見ご要望を承る窓口を設立するべきかと!」
ロマンが溢れに溢れたお客様の愚痴を聞かされること数十分、そんな時に限って窓口はお客様で賑わい、誰も手伝いになど来てくれない。一人でひたすら相槌を打ち続け、私は一体なにをしているのだろうかと意識が遠のき始めた頃に、ようやく救いの手が差し伸べられて解放されたわけですが。
なにゆえ、このような苦行を強いられねばならぬのか。
これが本来の業務であれば納得もするが、全く以て管轄外の案件に付き合わされるのはおかしい――と思い立ち、そのまま衝動的に係長に直談判していた。
「う~ん」
窓口係は、現世の会社と同じ様に個人の机が向かい合わせに並び、窓口を向いたお誕生日席に係長の席がある。
「そうだねえ……」
そう呟くのはピンクなウサギ。例えでも何でもない、ピンクのウサギだ。
ふんわりもこもこ、くりくりの瞳が愛くるしいウサギの着ぐるみ。だがそこから顔を出しているのは、残念なことに50代くらいのおじさんだ。
あいにく私は、「やだぁ、かかりちょ~かわいい~うふふ~」とのたまえるほどに女子力は高くなく、かといってチベスナのような冷めた目もできず、スルーするので精一杯。
ここの服装規定は、「全裸でないこと」という潔さで、しかして着ぐるみやら民族衣装やら、果てはコスプレすらもまかり通るのである。
まかり通るのであるが、やはり職場でこれはどうなのだろう?――という常日頃の引っ掛かりは、こんな時には明確なもやもやとなる。
ピンクなウサギの衣装のせいか、ふざけ半分に見えてくるのだ。
一応難しい表情を作っている係長に相対する私の顔も、だいぶ不満げなものとなっているだろう。
「確かに、妙な因縁やら無茶な要望とか愚痴とかは随分増えたよねえ。かと言って対処するところもないし、困ったもんだ」
ただの感想を述べられたきり間が空いてしまい、「ですからね!」と思わず急き込んで専門窓口の設立を再度訴えた。
こちらとしては引き取ってくれる場所がないため、たらい回しもできずにひたすらずーっと愚痴聞くしかないのだ。その間仕事にも手をつけられず、無駄な時間を費やしてしまう。
「うーん……」
ピンクウサギおじさんが唸っていると、小毬さんが伸びをしながら「やめときなっての」と欠伸交じりに私に言った。
「どうせ意見あげたって、上はそんな部署作らないよ」
実に可愛らしい名前の持ち主、小毬さんであるが、しかして実態はあんまり可愛らしくはない男子高校生である。日替わりでいろんな学生服を着てくる、ちょっぴり小生意気な男子高校生である。重要なことなので(略)
「なんでですか?需要はあるじゃないですか」
見た目は男子高校生ではあるが、勤続年数は私よりもはるかに長く、しかして私の先輩で教育係ゆえ、私は頭が上がらない。
「あのさ、ここは現世じゃないし、カスタマーセンターでもないんだよ」
「そんなの」
わかってますよ、と言いかけるのにかぶせて、茜さんもにやにやしながら小毬さんに同調した。
「便宜上『お客様』って呼んでるけど、正確にはお客じゃないもんな~」
お客様には不遜な態度で定評のある茜さんだが、意外にも恰好はいつも真面目なスーツ姿である。
ただし時々派手な色付きのシャツをノータイで着てくる時は、不真面目をすっ飛ばしてチンピラに見えたりもする。
「つまりさ、この場でこの期に及んで不満を感じるヤツらに問題があるってだけで、我々にはそのために割くべき労力なんてこれっぽっちも必要ない、てこと」
「じゃあ、ああいった苦情は無視しろってことですか?」
「わーお、つめたーい」
茶化されてついムッとしてしまう。
「じゃあ他のお客様のじゃまになろうと、自分の仕事を後回しにして、延々と話を聞いているしかないじゃないですか。それが、お互い時間の無駄だって言ってるんです」
「だからそれ」
と、小毬さんが眉をしかめる。
「あんたが現世の対人観で凝り固まってるって言ってんの」
「その二択ってのが現代っ子らしいねえ。他人や厄介事には関わらないって、処世術としてはいいと思うけどね~」
へ?と間抜けな声を出してしまったことを気に止める余裕もなく、私の頭は混乱する。
二択、以外にどんな選択肢があるというのだろうか。
「えっと……どういうことですか?」
答えの検討もつかず降参すると、茜さんが苦笑して小毬さんを見やる。
「ここの業務内容は?」
小毬さんに改めて問われ、改めて考える。
「お客様の転生先の相談に乗って、少しでも満足できるような選択のお手伝いをすること、です」
「そういうこと。うちにはスルーって業務はないの」
私の眼前にびしっと指を突きつけ、ふん、と荒く鼻息を鳴らす。
「だから、転生先を選択する準備すら出来ていないなら、現状を理解させ、次の生を考えるように意識を持って行かせる、ってのも仕事なの」
ああそっか、そういうことか。
とすんなり小鞠さんの言葉が胸にしみこむ一方で、引っ掛かりを覚える部分もある。
「……でも茜さんがさっき、お客様の問題でこちらが労力を割くことはないって」
「言ったねえ」
これは矛盾ではないだろうか、それとも単にからかわれているんだろうか、と浮かんだ疑念を見透かしたように茜さんは笑う。
「ヤツらの問題そのものに関わる必要はないってことだよ。保有ポイントが低すぎるからなんとかしろ、とか選びたいけどポイントが足りないとか、ケモ耳のカワイ子ちゃんがいる世界を造れとか、そんなバカげた口上はある程度聞いてその要点がわかれば後は、我々の仕事をするだけだ」
いつかの茜さんの窓口応対を思い出す。
自分のポイントが低すぎておかしいと訴えるお客様に、茜さんは絶対に覆らない現状と、ポイントとなる「徳」についてきちんと説明していた。(態度はアレだったけど)
「ついでにおさらいしとくと、ヤツらはお客様じゃない。我々は対等なんだから、相手を尊重するのは当然。そのもてなしの心情を表す故に「お客様」としている。それを弁えない連中に下手に出て付け上がらせるな。現代の人間の得意な我関せずは、ああいうヤツらには否定されない=肯定という方程式で成立する。更に反論がないことは言い負かしているという優越感に繋がるからな」
口角を上げて笑っている様にも見えるが、茜さんの眼は真剣だ。
「……先程のお客様、ですよね」
ここまで言われればさすがにわかる。
先程の場合、お客様が一方的に羅列する妄想や願望や愚痴を、諌めることもなにもせずただ聞き流していたことが、結果的にお客様を増長させ、私では収集がつかなくなってしまったのだ。
* * *
「ねえ、そのケモ耳娘ってさ、アニメとか漫画の画で妄想してるの?」
お客様の妄想語りに意識が飛びかけていた私は、ハッとして背筋を伸ばした。
離れた席で接客をしていた茜さんが、応対を終えたのか隣に腰掛け、にやにやと両手で頬杖をついてお客様に問いかけていた。
「そりゃ」
そうだ、と言い切る前に、「じゃあ実写版で考えてよ」とお得意のかぶせでペースを奪う。
「実写……」
「そ。劇団●季のキャッツじゃね?あれこそがリアルのケモ耳娘じゃね?あーゆーのが溢れる世界、本当に行きたいか?」
何度かCMやポスターで見たことのある特殊メイクの猫達を思い出す。あれの溢れる世界……。微妙?(あくまで個人の感想です)
お客様も容易に想像できたようで、どぎつい萌えにギラギラと輝いていた存在がわかりやすく光を失っている。
その向かいで、茜さんは対照的に、実に上機嫌に目を輝かせてにんまりと笑った。
「あとさ~、自分の母親思い出してみ?」
「……は?」
私も言われるままにおぼろげな母親を思い出してみる。
「んでそこに猫耳つけてみ?」
「や、やめろ」
おおう。
「どうよ?『おはようだにゃ。いつまで寝てるにゃ』」
「やめてくれえええええ」
同じく自分の母親で想像してしまった私は、なんだかものすごく申し訳なさで胸がいっぱいになった。
だが茜さんは追撃の手を緩めない。
「ついでに言うならば、ケモ耳娘がいるということは、ケモ耳ボーイズも、ケモ耳おっさんもいるってことだ」
ここで満を持して、ピンクウサギおじさんの登場である。
「その通りだぴょん!」
何故か腕組みでふんぞり返るピンクウサギを目の当たりにし、お客様の萌え萌えな世界が木っ端微塵に砕け散る音が聞こえたような気がした。
「行っちゃう?おっさん臭でむせ返るケモ耳パラダイス」
「さあおいで!坊や」
腕を広げるピンクウサギおじさんにオーバーキルされ、お客様の透過率が跳ね上がる。そのまま透明になってしまうんじゃなかろうかと慌てていると、
「すみません」
いろいろな思いの籠った、なんとも重い謝罪の言葉が絞り出された。
茜さんは「そうそう」と頷いて、からかいのない笑みを浮かべた。
「あなたの転生先は現世以外ないし、ちゃんと考えるべきだよ」
「はい……そうします」
やって来た時から一回りしぼんでしまったように、お客様はすっかり意気消沈し、とぼとぼと心許ない足取りで窓口を後にした。
* * *
この時私は、実にあっさり事を収めてしまった茜さんがちょっと恨めしかった。
助けていただいたことは感謝していたけれど、もうちょっと早く来てくれたら私の時間も無駄にならなかったのに、とか、自分は手も足も出なかったのに茜さんはいとも簡単に説き伏せてしまって、自分の無能を思い知らされたようで、妙な焦燥感を植え付けられた気がした。
どうせ自分はまだ勤続半年のペーペーですよ。そりゃあ皆さん大ベテランですし、クレーマーのあしらい方も手馴れてらっしゃいますよね~。
と卑屈に走った結果、常々愚痴交じりに考えていた思考が加速し、そもそもクレーマーが来る方がおかしい=そういう窓口がないから対処できない=いい加減そういう窓口を作るべき、という方程式がピコーンと閃いてしまった。
そして、係長への直談判へと至ったわけですが。
「お恥ずかしい」
胸の内に留めることもできないくらいの恥ずかしさに、つい口を突いて出てきてしまった。
そしてあの時のお客様のように、いろいろな思いを込めて謝罪する。
「すみませんでした」
すると、小毬さんがちょっと狼狽えたように「ま、まあ、わかればいいけど」とツンのデレみたいな返しをする。
その小毬さんの頭を、茜さんがいきなりぐしゃぐしゃにかき乱した。
「なにするんですかっ!?」
「なぁにが『ここの業務内容は?』だよ。偉そうに。そもそも、一番大事なことをなんでちゃんと教えてないのかなぁ?小毬ちゃんは」
「大事なことは自分で学ばないと意味ないでしょ?」
ごもっともなご意見、と思いきや、茜さんは一層の笑みを浮かべた。
「へ~?自分は小十郎に真っ先に教えられていたのに?他人には自分で学べと?へぇぇぇ」
かき乱す、が生温いくらいに頭をわしゃわしゃにされ、ついに小毬さんが視線を逸らしてぽつりと呟いた。
「……すみません。忘れてました」
「まじかー、忘れちゃってたかー」
「だって……俺教わった頃はクレーマーとかおかしいのそんなに来なかったし、たまに来てはああこれか的に教えが徐々に身について、って自然な感じで習熟しちゃったんで、注意点伝える時にはすっかりそのへん抜け落ちちゃってました。ついでに、あいつが窓口作るべきって口走る度、なに言ってんだこの現代っ子、と内心蔑んでました」
「ひどい!!」
思わぬ暴露発言につい非難の声が出る。
「ほら」と促され、実に極まりが悪そうにしていた小毬さんが、私に向かってがばっと頭を下げた。
「すいませんでしたっ!」
「あ……いえ、いいですから」
「土ー下ー座っ!土ー下ー座っ!」
「いやいや、いいですって!」
外野諸共止めてもらい、なんだかおかしくなって私も頭を下げた。
「ありがとうございます」
ここにはどうして苦情対応窓口がないのか、それがようやく納得できて、なんだか笑いたくなるほどすっきりしたのだった。
「いやぁ、一件落着だね」
「あ、締めたし!美味しいとこだけ持ってかないでくれます?係長!」
すっかり忘れていたピンクウサギおじさんに、小毬さんがいつもの調子で突っ込みを入れる。
「素敵だねえ。新人の成長、それを助ける先輩。いいねえ、チームワークって」
小毬さんは照れ臭そうに「茶化さないでもらえます?」とかすげなくあしらっていたけれど、私は係長の意見には大いに賛成だった。
いいところは褒めてもらって、悪いところはちゃんと指導してもらえて、少しずつ自分の仕事への理解が深まって、やりがいが楽しさに繋がって――。
前世で私は入社してすぐに死んでしまったから、そこまでは至らなかったと思う。だから今こうして仕事の楽しさを感じられることは、私にとってはとても素敵なことだった。
「これからもよろしくお願いします、先輩方」
当窓口は、お客様の転生先のご相談を受け、少しでも満足できるような選択のお手伝いをするところです。
そして、余所事に捕らわれるお客様には次の生を考えていただくよう、現状を再認識していただくところです。
当窓口にはまだ半人前の職員もおりますが、周りは頼りになるベテラン揃いですので、どうか安心してご利用ください。
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