女の子とのこと

 僕は、目の前に差し出された林檎に戸惑っていた。といっても、その時は、林檎の名前すら知らなかったけど。

 食べていいのか? 毒入りとか? リスクはないのか?

 そんなことを考える前に、くちばしが動いていた。


「それは、りんご。」


 りんご?


 そう発音しようとしても、口から出るのは、ガァーという鳴き声だけ。


「あっ、そっか」


 女の子はそう呟くと、近くに落ちていた木の枝を拾って、地面に字を書いた。


「り、ん、ご」


 それが、僕の覚えた最初の文字だった。


 それから、彼女は毎日神社にやってきては、食べ物の名前を書いていった。


 しばらくすると、ひらがな全部を教えて、簡単な会話文を教えてきた。


 だいたい1カ月で、僕は彼女の雑談の相手になった。

 でもそれは主題ではない。


 僕が話せるようになってから、二週間ぐらいして、学校での愚痴にもならない愚痴だけだった僕らの会話に、新しい話題が提供された


 ある日のこと、女の子はいつもと違って、そわそわした風を見せながら神社にやってきた


『どうしたの?』


 少し前から、枝で地面に書くスタイルではなく、紙に鉛筆で書くスタイルを取り始めた僕は、くちばしにくわえた鉛筆で、紙に書いた


「実はね……少し前に、好きな子ができたの。」


 なるほどね


『どんなひと?』


「えーと……運動は少し苦手なんだけどね、頭の良くて、優しい人。」


『こくはくとかしたの?』


「それがね……、できなかったの。私が色々考えてるうちに、その子の転校が決まって」


 え、


 それは、


 あまりにひどい


 これをグズグズしてるからだよと、一蹴するのは簡単だった。でも、カラスの僕には、人にはできないことがある。


『ちょっと、かんがえがあるんだ』


 僕はそう書いて、一回だけ、女の子の反応を見る。


 驚きと、期待が入り混じった目だった。もし僕が人間だったら、ニヤリと笑って見せるだろう。


 僕は、ちょっと思いついただけの、計画を書き連ねた


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る