1.2 タンク・キリング

 目の前で着弾の閃光が弾けた。電池を節約するために先行する機体の轍を踏んでほぼ縦一列になっていた。操縦室の隔壁が飛び散ったように見えた。しかし私は回避機動をとる。見惚れて被害を増やすわけにはいかない。射点は左一キロほど。戦車砲だが、戦車か?

 直後に敵砲兵の第三射がトリナナの周りに落ちる。黒い雪煙が吹き上がって機影を覆い隠す。

 やはり連中が観測していたのだ。

 周りで敵戦車が一斉に黒煙を吹き上げる。砲口がこちらを向く。弾そのものは避ける。しかし運悪く射線上にあって弾体に触れた木の枝の破片が弾け飛んだ。その中には弾体そのものの破片も混じっている。機体の塗膜を削る。火花が散る。

 小隊長の松浦要まつうら かなめが地図上で稜線を指示する。そこを越えて射線を切れということだ。視界に何機か雪の上に倒れている肢闘が見えた。やられたわけじゃない。伏せているのだ。横になれば上半身の高さは二メートルを超えない。相手も車体を雪に埋めているから十分見えなくなるはずだ。

 私は木の陰を使いながら前に出た。相手が静止したままでは確実に狙い撃ちしてくる。それでは味方が動けない。一小隊のカーベラはまだしも、二小隊のマーリファインの機動力ではまず無理だ。接近して相手に機動を強いる。

 松浦も私に合わせた。

 常に敵全部の射線を意識する。頭の中に空間をイメージしてそこに自分と敵を配置する。各車、発砲から何秒経ったか数える。次はあいつが撃ってくる。それがわかる。まだ遠い。こちらの角速度より相手の砲塔旋回が勝っている。数えて回避。衝撃波で粉雪が舞う。

 前方で黒煙が立ち上った。よし、敵が動く。方角からして檜佐を撃ったやつだ。自分の機体の加速度が敵に向かって安定するタイミングを狙ってこちらも射撃する。三十五ミリ機関砲のしかもHEP(榴弾)。車体や砲塔には全く弾かれるが、赤外線投光機に当たればガラスくらいは割れるはずだ。

 味方の装軌自走砲部隊が敵の砲撃地点に向かって応射を始めた。頭上高く砲弾の雨が飛んでいく。低い衝撃波も聞こえた。そういえば敵の攻撃は第三射で途切れていた。きっとこちらの反撃を見越して移動しているのだろう。


 松浦が出した支援要請に応えて味方の観測機が飛んでくる。降下で速度をつけているので音速に近い。レーダーが捉える。五百メートルくらいで一度浮き上がって減速、再び機首を下げる。観測機の火器管制システムは主翼の下に吊るした何発もの対地ミサイルの可視光シーカーを通じて目標の輪郭を捉える、と同時に車種を判別して装甲厚が最も薄いモジュールを照準する。パイロットにそれぞれの目標を指示させる。

 観測機はミサイルをリリース。

 その中の一発が私の狙っていた戦車の車体後部に真上から突入、分厚い防弾ルーバーをへし折った後に弾頭が炸裂、侵徹体が車体を突き抜けて地面から土埃を巻き上げる。同時にエンジンモジュールの中で回転していた後方の冷却ファンが被弾でバランスを崩し破断、破片が螺旋を描きながら扇のように飛び散る。エンジンルームから煙に混じって炎がくすぶる。戦車は煙を破って走り続ける。ラジエーターをやられただけで心臓部はまだ健在。林を抜け、平坦な道に躍り出たところでターン、煤でいっぱいの煙を噴き上げて前進に移る。


 私はその隙に最後の距離を詰めて目の前で主砲の射撃を避け、榴弾で同軸機銃の銃口を潰した。右の砲尾をリリースして砲の先端を敵の足元に差し込む。砲剣が転輪に踏まれて根元から弾け飛ぶ。そのまま駆動輪と履帯の間に食い込み、履帯が外れる。

 その間に左の砲の弾倉をパージして肩の弾倉架を一番奥までスライド、徹甲弾の弾倉を装填。他の敵からの射線を切るためにちぎれた履帯の横に倒れ込んでいたが、横の戦車の砲塔が後ろを向いて、キューポラから身を乗り出した車長が銃架にくっついた機関銃をこちらに向けようとした。私が砲を向けると引っ込んだが、中から手榴弾を投げてきた。砲剣でノックのように弾く。ほぼ同時、今度は生きている方の履帯を走らせて旋回ざまにこちらを轢こうとした。それか僚車の射線に引きずり出そうとしたのかもしれない。私は地面を蹴って寝そべった機体を滑らせて逃げる。

 弾いた手榴弾がどこか雪の中で爆発した。

 他の敵戦車は上空からの攻撃に追われて後退していた。観測機の方も私に絡んでいる敵の僚車を優先して排除してくれているようだった。

 私はその状況を確かめて、相手のエンジンルームに登ってキューポラを真上から撃ち抜く。連射、連射。一度直上に跳び上がって落下速度をつけながら撃つ。残りあと三四発というところでようやく貫通した。榴弾に切り替えて破孔に撃ち込む。


 仕留めた相手の乗員用ハッチを全部開いて赤外線視野で車内の様子を確認する。誰も動いていない。ひとまず、よし。

 自分の機体の残り燃料を確認する。いや、違う。燃料じゃない。カーベラは電動機。蓄電池の残量だ。十パーセントまで減っていた。チキショウメ。負荷の高い地面で機動戦をやるとこんなに減るのだ。しかも気温が低い。頭上のハッチを開けただけで汗が凍りそうだった。電池用のヒーターもあるが電力を食う。本末転倒だ。

 投影器のケーブルのリールを解放して席を離れる。半径十メートルまではつないだまま行動できる。カービンを肩にかけて大腿部を伝って下り、車長キューポラに取りつく。ハッチの陰に隠れるようにしてカービンのライトで中を照らす。一人ずつ顔に光を当てて確かめる。全員死んでいる。

 ライトを切るとハッチから入った太陽光が主砲の砲尾の辺りにだけ丸く注いでいた。まるで地面の裂け目から広大な地下空洞に差し込む光のようだった。たぶん空洞の底には足を滑らせたシカやミーアキャットが死んで骨になっている。でもそれは誰かに殺されたわけではないし、まして撃たれたわけでもない。ただ自分1人で足を滑らせて墜落したのだ。月のない真夜中だったのかもしれないし、運悪く崩れかけの岩の上に乗ってしまったのかもしれない。光の筋はそんな茫漠とした地下空洞を思わせた。

 車体の上に降りて操縦手を引っ張り上げて代わりに潜り込む。少しむせそうになった。火薬の匂いがした。榴弾のせいだ。それにちょっと血の匂いが混じっていた。深く息を吸うと最後につんとくる。隠し味みたいなものだ。匂いが鼻に来ないように口で息をする。

 内装はかなり簡素だ。味方の戦車の操縦席も知っているけど、それに比べると計器とボタンが少なくて、フレームとかリンケージが剥き出しになっている感じ。やっぱりアメ車は広いな。

 ちょっとそこで投影器を介して機体の感覚を確かめる。周囲の警戒。大丈夫。

 クラッチを踏んでエンジンを再始動できるかやってみる。ペダルが遠いので座席の縁に腰骨で座るくらい体を沈ませる。踏み込みが深くて脚が伸び切る。両手で座席の縁を掴んで体を支える。日本の戦車じゃここまで苦労しなかったが、爪先で何とか。イグニッションの位置はわかりやすい。シフトをフリーにしてクラッチペダルを離す。

 始動。セルが回って、爆発の振動もある。しかし続かない。煙を吸っているせいか。ニードルを探してちょっと薄く。そのまま立て続けに二回試す。ようやく回り始めた。危うくこの戦車のバッテリーが死ぬところだった。もしかしたらセルで回したから排気できただけで、ニードルは弄らなくてもよかったかもしれない。エンジン音を聞きながらもう一度調整してやる。

 アイドルのまま外に出て車体後部へ。構造は勉強させられたことがあるのでバッテリーがどこに仕舞ってあるかはわかる。ブースターケーブルも見つけた。取りに戻る手間が省けたな。

 カーベラの電池から残量五パーセントの警告。とはいえ削れるところはもう削ってある。さすがにセンサーを切るのは怖い。急いでケーブルを伸ばしてカーベラの補給パネルを開く。電源用の太い受け口の中に直結用のポートがある。そこにケーブルのワニ口を噛ませる。

 あと一息のところで投影器の出力が死んだ。機体の感覚がぷっつりと遮断される。センサー類は少し電気が溜まってからでないと再起動できない。しばらくは生身の目と耳が生命線だ。戦車の砲塔の上に顔を出して辺りを窺う。戦闘は続いているようだが近くはない。私の回りはひとまず安全なようだ。

 吹っ飛んだ冷却ファンの上に手を翳してエンジンの温度を確かめた。当然だがかなり熱い。それに金属同士が高速で引っ掻き合っているような音が中から聞こえた。周りに雪を乗せてみようか考えたけど、冷却でどうにかなる問題でもなさそうだったのでやめておいた。

 操縦席に戻って回転を上げてみる。アイドルでも振動はあったが、雹でも降っているような衝撃が来る。早く充電を終わらせたいのだけど、仕方がない。アイドルに戻す。ひとまず砲塔の上に上って肉体の感覚で周囲の監視を続ける。味方の飛行機の音が聞こえるので上は大丈夫だろう。

 センサーが戻ったところで再び操縦席に潜って回転数を調節する。時々回転が落ち込むのでその時だけ踏み込む。だんだんノッキングがきつくなってくる。

 このままじゃ帰れない。何とか持ってくれよ。

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