(10)魔王との決戦
一通り読み終えたらしいアカリはそっと本を閉じ、懐に仕舞った。そしてこちらを向くと、
「魔王は、倒せる。やろう。」
そう言った。
「ああ。しかし、魔王ってのはどこに居るんだ?」
――コツ、コツ。
何か、足音が聞こえる。
――コツ、コツ、コツ、コツ。
徐々に近づく足音に、若干の不安を覚えながらも、足音のする方向を向く。
「どうやら、戦わねばならぬようだ。」
そこに立っていたのは、アカリを襲った男、ゴーレムの爆発した跡に立っていた男だった。
俺は剣を構え、アカリは杖を構える。奴、つまり魔王は、特に何をするでもなく立っている。
「先手必勝! オラッ!」
俺はそのまま突っ込み胸の辺りに剣を突き立てようとした。しかし、その剣が奴の体に当たることはなく、そのまますり抜けた。
「ハハハ、実にくだらない。貴様ごときの剣が私に刺さるとでも思っているのか。」
どこからともなく魔王の声が響き渡った。俺の視界は徐々に狭まり、全身の力が抜けていく。なんだか体中も痛い。
そのまま前に倒れこみ、地面に顔面を打ち付ける。ただ、あまり他が痛いものだから、顔面の痛みというのはそれほどでもなかった。
「ヴァルター!」
遠くからアカリの声が聞こえる。どうも、俺のことを呼んでいるらしい。力が入らない、立ち上がることなんて到底無理だろう。
ああ、なんだか、眠くなってきた。たしか、こういうところでねむくなったときにねると、しぬんだったろうか。それはまずいかもしれない。
ああ、でも、もう、だめだ。
* * *
ヴァルターが落とされてしまった。どうも、ボク一人で何とかする他無いらしい。今まで戦闘の指示やらはすべてヴァルターに任せていたし、どうやって戦って良いものか。
とりあえず、どんな属性の魔法が効くのか、それを確かめよう。効かなかったらもう負けるしかないだろうか。
まず一つ目、火属性、これはダメなようだ。二つ目の氷属性もダメ、三つ目に放った魔法もダメだ。どうやって攻撃しろというのだろうか。
一瞬脱ぐという選択肢が宙を舞ったがつい先日まで男のふりをして生活していたボクにそんな色気があるわきゃないし、そもそも魔王ってそういう手は効くのか。偉大な先輩方でぱふぱふを魔王にした方は居るのだろうか。
ていうか、ボク、ぱふぱふできるほどない……。
いったい、なんで最終決戦なんてところでボクはこんなことを考えているのだろう。そんなことはどうでもいいじゃないか。何か、手は無いのだろうか。
どうやら物理攻撃は効かぬ様であったし、魔法も聞かないとなれば何かしらの方法があるはずなのだが。
と、そこでボクは突然に思い出す。先ほど読んでいた本の存在を。テンパって完全に忘れていた。こんなことがあってなるものか。
とはいうものの、その本に書かれていた『魔王』は紛れも無く怪物、ドラゴンのようなものであり、今目の前に居る人間の形をしたものではない。
まずは、その幻術を解かねばなるまい。
後ずさり、魔王の攻撃をさっと避けながら懐から本を取り出しページを捲る。
幻術のページを発見した。そこにあったのは、どんな形に変化しようと背中に傷があり、そこに物理でも魔法でも何でも当てれば幻術が解けるということであった。
だが、これを叩くには後ろに回る必要がある。ボクの機動力ではおそらくそれは不可能だろう。
* * *
めのまえがしらんでいる。ああ、おかあさん、もうすこしねかせてくれよ。
ねたい。もうすこし、ねよう。
めをつむるんだ。
急激に直前の記憶を取り戻す。正直脳がこの情報量についていけてない。そうだ、俺は、魔王と戦っていたんだ。
力は入る、これならば戦える。
起き上がると魔王と対峙するアカリが居た。
一瞬こちらを見て俺が動けそうなことを確認したアカリは、
「背中だッ!」
そう叫んだ。俺は近くに転がっていた剣を握り締め、魔王の背中を切りつける。
先ほど正面から切りつけたときは全く攻撃が通らなかったのに対し、今度は当たったという感触がある。
「ア゛ア゛ッ!」
なんとも不気味な叫び声を上げた魔王の身体が徐々に大きくなっていく。もとよりゴーレムのあったために天上がとても高い位置にあるこの地下空間だが、その空間の高さ限界までのサイズになった。なんと、大きいことか。
『キサマァ!!!』
魔王は反転してこちらを向く。俺が後ずさると魔王も一歩踏み出す。
* * *
ヴァルターの方を向いた魔王、背中の傷は丸見え。これは、チャンスであると捕らえていいのだろうか。
魔王に聞こえぬほど小さな声で詠唱を済ませ、氷属性の魔法を魔王の背中に浴びせる。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ』
どうやら、効いたようである。魔王と言っても、普通の魔物と同じなのだろうか。
そういえば、魔王は前に何度も滅んでいるらしい。この書物が書かれたのがいつなのかは分からないが、そのときにもこの傷があって、それで書物を後に魔王と戦う人間のために書いたのだろうか。
もう一度魔法を傷に浴びせたところで、魔王はこちらを向く。相当弱っている。魔王、弱くない……?
なんて舐めてかかるとこうなるのだ。今、空を飛んでいる。生きねば、みたいな。
爪で引っ掛けられたらしい。ボクの身体には一切カスってもいないようだが、服に掠ったのか、それだけで吹き飛ぶとはなかなかである。まあ、当然臍の方を見れば、腹から胸あたりまでの肌が普通に見えるわけで、傷が付いていないとはまた超幸運である。この際もう露出だとかそういった話はなしだ。そんなことを言っていても仕方が無い。
あとは、どう着地するかだ。
* * *
「アカリィィィ!!!」
俺は叫びながらそちらへ回る。何故か綺麗に服の前だけ切り裂かれ、それだけで吹っ飛んだアカリを頭から飛び込み受け止める。なんとか受け止めることに成功し、ぐったりとしたアカリを抱きかかえ部屋の隅まで走る。
そこにアカリを寝かせて、魔王が回るスピードよりも速い速度で背中側に回り込み、とどめと言わんばかりに背中の傷に剣を突き立てる。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!』
ひときわ大きな声が響いたあと、魔王の身体が光の粒子となり、散る。
どうやら、本当に倒せてしまったらしい。案外、あっけないものである。
魔王が立っていた場所には、なにやらロケットペンダントが落ちていた。
それを拾い上げ、ボタンを押して中を見てみる。
そこには、小さなかわいらしい女の子と、20代後半に見える綺麗な女性が写った写真がはめ込まれていた。
とりあえずそれをポケットに突っ込み、アカリを背負って屋敷を目指す。
漸くアカリが目を覚ましたのは、屋敷への階段を上りきる直前であった。
「ふぇ?」
と間抜けな声を出したアカリは俺の背中で周りをきょろきょろと見ている。
「お! 降りる降りる!」
アカリはそう喚いたが、
「バカ言え、無理すんじゃねぇよ。」
そう言ってそのまま屋敷に突入した。
アカリは服の前を押さえて走っていくと、暫くしてから如何にも貴族が着そうな高級なシャツを着て戻ってきた。
「これで完璧だ。」
そう言って飛び上がると、俺の手を引いて、屋敷の出口の方へ走り出した。
俺の新しい仲間が明らかに挙動不審なんだが。 七条ミル @Shichijo_Miru
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