(7)奇襲

 結局灯りがともっても薄暗い廊下を進み、階段を上り、扉を押し開け外に出ると、そこは埃を被った図書室であった。

 アカリも続いて出てくると、一瞬目をカッと見開き、それから少し懐かしそうな顔をした。アカリはそのまま一冊の本に手をかけた。

「その本、なんだ?」

「これは、小説だね。久しぶりに見たよ。」

 いや、おそらくアカリが懐かしそうな表情をしたのはこのためではない、おそらく、この場所自体に何か懐かしいという感情が芽生えたのだろう。驚いたのは、かつて自分が生活していた場所だったから、だろうか。

 詳しいことはよくわからないが、ここはおそらくアカリに何かしら縁のあるところなんだろう。

 ふと脇を見ると、机の上に書きかけの手紙が一枚置いてあった。

「おい、アカリ。この手紙、お前宛じゃねぇか?」

俺がそうアカリに声をかけると、アカリはこちらに寄ってきて、その紙切れを手にとった。

 暫くそれを眺めたあと、泣きそうな顔をして、そのままどこかへ行ってしまった。

 アカリが走っていった方向へ俺も歩いていくと、図書室がさらに隠し部屋だったらしく、さらに荒れた部屋に出る。いたるところに血がべったりとついていて、さらに家具は見事に散乱している。おそらく書斎なのだろう。乾いたインクのこぼれた瓶が転がっている。

 そのインク瓶が置いてあったであろう机はそもそも原型をとどめていない。この瓶がなければ、これが机だということもわからなかったかもしれない。

 椅子も背もたれにはってあったであろう皮は見事に引き裂かれている。


――キャーーーーーー!!!!


 窓の外の木に止まっていた烏が一斉に飛び立った。

 俺はその悲鳴がアカリのものだと気付くのに3秒ほどを要した。

 そして声の聞こえた方向へ走り出す。ものが散乱したりして、走りづらいことこの上ない屋敷の廊下を全力でダッシュ。

 暫く走って漸く人の声のする部屋にたどり着き、入り口の辺りで隠れて声を聞く。

「久しぶりだな、アカリよぉ。俺たちに協力する気になって戻ってきやがったのか?」

 男の声が聞こえた。少し覗いてみると、それはどこか浮世離れした、かなり美形な男であった。男はアカリの首に手を添えて、壁に押し付けている。

「違う……ッ!」

「そうかぁ。ならば、いい加減死ねッ!!」

男はもう片方の手で腰に提げてあった短剣を取り出し、アカリに突きつけようとした。

 それは思わず駆け出し、横から男に突っ込む。どうやら、他に仲間が居るなどとは思っていなかったようで、男は簡単に吹っ飛んだ。

「大丈夫か、アカリ。」

「うん。とりあえず、逃げよう。あいつは強い。」

 そういうとアカリは俺の手を引いて走り出した。

 そのとき、後ろから風を切るような音がしたかと思うと、先ほどの短剣がアカリのわき腹を掠めた。血が着ていた服に滲み、アカリは痛みに悶え速度が落ちる。

 俺はアカリを抱きかかえると、わき腹を押さえるように指示してそのまま走る。

 次に飛んできたのは短剣ではなく矢だった。矢は俺の抱えていたアカリの今度は直下を通過し、アカリの洋服の前を切り裂く。

 次の矢が放たれたとき、俺は窓を突き破り外へ飛び出した。

 いままで全然気にしていなかったことで、今気付いたのだが、ここは二階だったようだ。ただ、そんなことを気にしていられる場合ではない。正面の鉄製の門を蹴破り、屋敷の周りを囲む林を駆け抜ける。

 漸く宿にたどり着いたときには、もう日が暮れかかっていた。

 宿は幸い明日がチェックアウト、受付で何かをする必要もなく、一目散に借りている部屋へ駆け込み、そこで漸くアカリを下ろした。

 そこでアカリを改めて観察してみると、体はなんとなく丸みを帯びており、切り裂かれたさらしから覗く胸は少し膨らんでいた。どうやら、本当に女だったらしい。

 がしかし、怪我をしているときにそんな悠長なことは言っていられない。

 アカリに服を脱ぐように指示し、わき腹の傷を見る。幸い、そこまで深く切られたものではなかった。

 この程度なら、魔法という概念が存在するこの世界なら、簡単に治すことができる。

 アカリは基本攻撃魔法を専門としているが、俺はある程度回復魔法を使えるようにしている。

 アカリのわき腹に手をかざし、呪文を詠唱する。

 わき腹の傷は徐々にふさがってゆき、そして、もとの綺麗な肌に戻った。

「それで? 何か説明することがあるんじゃないか?」

俺がそういうと、アカリは胸を隠すように洋服の前を押さえると、重たそうな口を開いた。

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