第153話 ロッコの『店』

 それは、荒涼とした大地にへばりつくようにして建っている四角い平家だった。

 壁は大地と同じように茶色っぽく、一見粘土を塗り固めて作ったようにも見えたが、見ようによってはコンクリートの建物のようでもあった。


 建物の周りには、小さなうまやと井戸があるだけで、他に魔獣の檻のようなものは一切見えない。


 それに建物自体もさほど大きくはなさそうだった。タケトの住んでいる家のせいぜい五倍くらいの敷地面積しかない。果たして、こんなところに沢山の魔獣が捕らえられているんだろうか?


 馬車を降りていると、建物の方から数人が迎えに出てきた。執事みたいな服装の若い男たちを引き連れて先頭を歩いてくる腹のでっぷりとした男はロッコだ。いかにも成金趣味な煌びやかなジャケットが、まったくもってこの荒涼とした大地に似合わない。


「いやいや。遠いところをよく、おいでくださいました。アイゼン様。ローザ様」


 そう言うとロッコは肉厚の手でタケトの両手をとって、満面の笑顔を浮かべると親しげに握ってきた。


「お招き頂きありがとうございます。それにしても、一雨きそうですね」


 タケトはちらと灰色の空を見上げる。


「このあたりは天候の変化がはげしいので、問題ありませんよ。さぁ、どうぞ。こちらへ」


 ロッコの案内でタケト達は『店』と呼ばれる建物の中に入る。

 こちらも馬車と同様に、外観の素っ気なさからは想像つかないほど中は豪華な作りをしていた。


 シャンデリアの下がる玄関ホールでコートを預けると、ロッコの案内に従って隣の部屋に入る。


 そこは彼のオークションにあったサロンとよく似た作りをしていた。柱には金箔が貼られてピッカピカだ。壁には、タケトにはよくわからないけれど高そうな絵画が飾られ、ふかふかな椅子のソファセットが何組か置かれている。画廊の商談スペースみたいだな、なんて印象。そのうちの一つに座るように促され、タケトとシャンテは腰を下ろした。


 すぐに、ティーセットやケーキが運ばれてくる。

 ロッコは向かいの席にどっぷりと腰を下ろした。


「長い間馬車に乗ってらしてお疲れでしょう。どうかしばらくおくつろぎください」


 こんなに落ち着かない状況でそんなことを言われてもくつろげるわけもないのだが、タケトはにこにこと愛想良く笑顔を返しながら、


「お気遣いありがとうございます」


 とティーカップを手に取った。ケーキも食べてみたのだが、砂糖をふんだんに使えば使うほど高級だろう!という印象でとにかく甘ったるかった。


(マリーさんのつくるケーキの方が遥かに美味しいよなぁ)


 こんな甘さの暴力みたいなケーキを食べていると、マリーの味が恋しくなってくる。シャンテも同じ事を思っているのか、ケーキを口に運ぶシャンテと目が合うと彼女は少し困ったように微妙な笑みで小首を傾げた。

 そうしてしばらく歓談したあと、ロッコがおもむろに立ちあがる。


「さあ。そろそろ行きますか」


 タケトが、どちらへ?という顔をしていると、ロッコは腹を揺らして笑った。


「コレクションのところへ、これからご案内いたしますよ。まだ日が暮れるまでに時間がありますからな。狩りだって充分にお楽しみいただけますよ」


 そう言って、ロッコはさも愉快そうになおも笑った。





「ここから少し歩きます。お足元お気をつけくださいね」


 そう言われて案内された廊下の先には地下へと続く階段があった。王宮にあるような、幅の広い階段だ。壁は地肌がむき出しでゴツゴツしていたが、階段は滑らかにならされている。天井の所々にはめられた光の魔石が、黒い階段を明るく照らしていた。


 階段の先からは、ひんやりとした風が登ってきタケトは小さく身震いする。


 ロッコは先頭をゆっくりと一歩一歩階段を降りていく。タケトたちはロッコと数人の男たちに囲まれるようにして、階段を下っていった。

 男たちは服装こそは上品なジャケットなどを身につけていたが、その歩き方に隙はなく身体も引き締まっているようだ。おそらく、この組織の構成員だろう。

 その腰からは様々な刀剣が下がっており、彼らが歩くとチャラチャラと金属の擦れる音がした。


 どれくらい下ったのだろうか。


 五階分は降りたころ、ようやく階段の底に着く。そこは、ぽっかりと開けたおおきな地下空間だった。床は階段と同じく綺麗に磨かれて黒い艶を放っているが、壁は岩肌がむき出しのままだ。ここも光の魔石のおかげで暗くはなかったが、空間が広いため全てを明るさで満たすには至っていない。天井には空気穴がところどころに開いていて、そこから小さく切り取られた空が覗いていた。ついでに、天井には何か小動物がパラパラととまっているのにタケトは気付く。


 あれはコウモリかもしれない。きっと、空気穴から勝手に入ってきて居着いてしまっているのだろう。


 それとともに、強烈な獣臭が鼻をついた。地下空間に目を戻すと、壁際には大小様々な檻がいくつも置かれているのが目に着く。檻の中は暗くあまりよくは見えなかったが、魔獣たちがギリギリ入れる大きさしかないのだろう。爪や毛、尻尾などが鉄格子の隙間から覗いている檻もある。


(いた。魔獣達だ)


 マンティコア、キメラ、カーバンクル、スレイプニル……。ほかにも、図鑑でしか見たことのない魔獣たちが何頭も閉じ込められていた。

 みつけた。ここが、この組織の魔獣保管場だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る