第154話 地下空間の魔獣達

 こんな陽も差さない場所で、狭い檻に閉じ込められた魔獣たち。こんなのが、魔獣の健康状態に良いはずがない。

 タケトはむかむかと胸の内から湧き上がってくる不快感を必死に抑え込む。得意げに魔獣達を紹介するロッコへつい不快感をぶつけてしまいたくなるが、我慢した。


 そのとき、隣にいたシャンテがそっとタケトの手を握ってきた。見ると、彼女は心配そうな目でこちらを見つめていた。

 タケトは声に出さず、大丈夫だよと返すと小さく笑みを浮べる。


「ん? どうかなされましたかな? ご気分が優れませんか?」


 魔獣たちの説明をしていたロッコが、怪訝そうな顔でタケトを見たので、タケトは内心ギクッとしながらもぎこちなく笑顔をつくった。


「い、いえ。ちょっと、圧倒されてしまって」


 それを褒め言葉に思ったのか、ロッコはますます得意げに声を弾ませる。


「そうでしょうとも、そうでしょうとも。これだけの商品は、この大陸どこを探してもありえませんよ」


 そんなロッコを余所に、檻の数を数えてみた。


(十四、十五……二十ちょっとってとこか)


 人の背丈より大きなもので、それくらい。タケトの膝下くらいの小さな檻も合わせると、もっと沢山あった。

 大きなものになると、シャンテの家よりも大きなものすら数個あった。

 その一つに、真っ白い羽のようなものがちらと見えた。近寄ってみると、純白の四肢が目に飛び込んでくる。ペガサスだ。


「ああ、それはアイゼン様にお売りしたペガサスとツガイになっていたやつですよ。元々そちらも出品予定でしたが、直前で腹に仔がいるのがわかって取りやめたんです。もちろん、そちらもお譲りはできますとも。それ相応の値では、ありますが」


 そう言って、ロッコは値踏みするようにタケトを見た。

 何か言おうかと口を開くが、結局いろいろ考えたあげく「考えてみます」とだけ返す。あまり話すと嫌みの一つでも漏らしてしまってボロが出そうだったから。まだ、ボロを出すわけにはいかない。


 騎士団や王国の兵たちは、もう近くまで来ているはずだ。余り近づきすぎると見張りにみつかるためそんなに接近するわけにはいかないだろうが、タケトたちが合図をすればすぐに踏み込む手はずになっている。

 これだけの数の魔獣を捕らえている事実が確認できれば、もう踏み込む要件としては充分なのだが、タケトはまだ少しでも情報を引き出したくてロッコと話を続ける。


「こんな大きな魔獣たち、この地下室からどうやって外に出すんです? まさか、こいつらの檻を抱えてあの階段を上るわけでもないでしょう?」


 そう尋ねると、ロッコはさも可笑しいというように腹を揺らして笑い出した。嫌な笑い声が、高い天井に反響する。


「ハハハ。それは、ごもっとも。いやなに、ここの奥に地上へと続く運び出し用の通路と昇降装置があるんですよ」


 どうやら、エレベーターみたいなものがあるらしい。動力は何なのだろう。魔石?それとも、人力か? まさか、電気ってことはないよな。


「へぇ。それはすごいですね。是非とも見てみたいなぁ」


 純粋な興味から、そんな言葉が漏れた。

 ロッコはなおも愉快そうに笑うと、


「アイゼン様は変わった物に興味を持たれる。いいでしょう。あとで魔獣を外に出すときにご同上していただいて構いませんよ。さあ、あちらにもまだ魔獣はいます。ドンドン見ていきましょう。何頭でもかまいません。お気に召したものがあれば、お伝えください」


 ロッコが檻が並ぶ前を歩き出したので、タケトとシャンテもそのあとに続いた。

 ずっと黙ったままタケトの後ろについてきていたカロンをちらと見やると、彼は何やら小さな紙をこそっと鞄の中にしまったところだった。


 タケトがロッコから引き出した話を、カロンはああやってジャケットの袖にしまってあった小さな紙に書き記しているのだ。

 それを、鞄の中に入れると鞄の中にいるトン吉が丸めて一緒に鞄の中にいるカロンの伝令コウモリの脚につける手はずになっていた。


 タケト達が移動したのにあわせて、ロッコの部下たちもわらわらとついてくる。

 その一番後ろからカロンはゆっくりついて歩きながら、鞄をわずかに開けた。そこから伝令コウモリがひらりと飛び立ちすぐに天井に向かっていく。


「ん?」


 用心棒の一人が飛ぶ伝令コウモリに気付いたが、元々ここに居着いているコウモリと区別はつかなかったのだろう。すぐに興味をなくしたようだったので、タケトは内心ホッと胸をなで下ろした。


 カロンの伝令コウモリは空気穴から外に出ると、すぐに飛んでいって姿が見えなくなった。伝令コウモリはホワイトバックと呼ばれるコウモリの群れのボスのところへ飛んでいく習性をもっている。いま、カロンの飼っているホワイトバッグは騎士団との元にいるブリジッタが連れていた。そこへ、あの伝令コウモリは真っ直ぐ飛んでいくはずだ。それが、突入の合図だった。

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