第152話 シリアルバー
その日は薄曇りの空模様だった。
本日の昼過ぎ、タケトは魔獣密売シンジケートのドンであるロッコの『店』へ客として出むくことになっていた。
タケトとシャンテ、それに付き人役であるカロンの三人は、あらかじめ教えられていた王国東南部の、とある街のハズレへと出向く。今日の服装はタケトはオークションに参加したときと同じ物。シャンテは、動きやすそうな膝下丈のワンピースをマリーから借りていた。
指定された場所に着くと、指定された時間よりも小一時間早く着いたにもかかわらず既にあちらの用意した馬車がタケトたちを待っていた。
馬車に乗り込む際、御者に『店』までどれくらいの時間がかかるのかを尋ねてみたが、彼は曖昧な笑顔を浮べるだけで何も答えてはくれなかった。きっと、答えないよう命令されているのだろう。
その馬車は一見乗合馬車のような質素な外観をしていたが、内部はビロードの張られたふかふかな座席が置かれ豪華な内装をしていた。これは金持ちの賓客たちに不快な思いをさせないようにしつつも、外からは目立たないようにする工夫なのだろう。
ロッコの経営している『店』は、魔獣や獣人の違法売買の拠点となっており、上客たちには商品の魔獣を使った狩りなどさせていることはカロンの裏付け調査からも明らかになっている。
そのうえ、『店』が魔獣の密猟と流通のノウハウを持っているため、ここを中心として王国全土に魔獣の密輸網が広がっていることもわかっていた。
その本丸である『店』に捜索をかけて主犯であるロッコを捕縛することは、魔獣密売ルートの解明と壊滅に不可欠だった。
ちなみに、『店』の場所は以前もらった紹介状に大雑把な地域は記してあったものの対象となる範囲はかなりの広さがあった。そこでその情報を元に騎士団や兵士、地元領主などにも協力を仰いでしらみつぶしに調べた結果、すでにロッコの『店』と思しき建物は発見してあった。
それは荒野の中にひっそりと建っているという。
しかし、事前調査では外観からそこに魔獣が捕らえられている事実は確認できずにいた。かつてカロンが幼い頃過ごしていた昔のロッコの店のように、建物の外に置かれた檻に魔獣達が閉じ込められたりもしていない。しかし、その建物から魔獣が運び出される様子は確認できている。ということは、どこかに魔獣たちを隠していることに違いないのだ。
そこで、まずは客人としてタケトたちが『店』を訪れてみて、魔獣達の存在を確認できたら合図することになっていた。その合図を待って、騎士団をはじめ召集された兵たちが建物に踏み込んで関係者を捕縛し、魔獣を保護して、証拠品や帳簿の類いを接収する手はずになっている。
タケトたちの乗る馬車はかなりの距離を走り続けた。窓の外はずっと変わらず荒涼とした大地が続いていた。このあたりの土地は作物もなかなか育たない、半分砂漠化しかけた土地なのだそうだ。それ故オアシスや川から離れた場所は、誰も立ち寄ることのない不毛の地となっていた。
とはいえ、あの街からロッコの『店』まで馬車で何時間も揺られなければならないほどの距離は離れていないはずなのだが、『店』の場所を客人にも簡単に知られないようにするためだろうか。体に感じる振動から馬車が何度も方向を変えて遠回りに進んでいるのがわかった。
目的地にいつ着くとも知れない車内。黙っていると、緊張でどんどん気持ちが重くなってくる。タケトは、窓の外から視線を外すと車内に目を向けた。
向かいの席に対面するように座っているカロンは、ずっと本を読んでいる。他の馬車と比べて揺れが少ないとはいえ、車内でよくあんな小さい文字を読み続けていられるよなと不思議でならない。自分だったら、そんなことしたらものの十分と持たずに車酔いするに決まっている。
そのカロンの隣には彼の鞄が置いてあった。それは医者の診療鞄のように口の大きなガマグチをしている。そこにはトン吉が入っていた。すぐに飽きて鞄から出てくるかと思っていたが、物音一つしないところを見ると昼寝をしているのかもしれない。
タケトは隣に座るシャンテに視線を移した。
あの日。彼女に自分の気持ちを告白してからというもの、二人の関係が急に進んだ!ということもなく、それまでと変わらないいつもの日常が戻っただけだった。ただ、シャンテがいままでよりも沢山笑いかけてくれるようになった気はしている。たぶんそれは、タケトの気のせいだけではないと思う。
タケトも、自分の気持ちを素直に彼女に伝えてからは、彼女へ好意を示すことに自分でセーブをかける必要がなくなって、少し気が楽になったような感じがしていた。
シャンテは窓の外を静かに眺めている。ふと彼女の手元に視線を向けると、膝の上に置かれた彼女の手がぎゅっと強く握りこまれていた。きっと、彼女も緊張しているんだろう。
それはタケトも同じだった。いくら、『店』からほど近い場所に騎士団や兵たちが控えていて合図とともになだれ込む手はずになっているとはいえ、真っ先に乗り込まなきゃいけないのはタケトたち三人なのだ。タケトたちの肩に、この作戦の成否がかかっていた。失敗するわけにはいかないし、最も危険な役割でもある。『店』が近づいてくるにつれ緊張が高まるのも無理はない。
それを少しでも和らげてあげたくて、タケトは膝に置かれた彼女の手に自分の手をそっと重ねた。
シャンテが少し驚いたようにこちらを向いたが、タケトと目が合うとすぐに柔らかな笑みを向けてくれる。タケトも自然と浮かんだ笑みを返していたら、向かいの席に座るカロンがコホンと咳払いをした。
「人の目の前で、いちゃいちゃしないでください」
本から視線を上げようともせずカロンは冷たく言い放った。
「カロン、今、こっち見てなかったじゃん……」
「見えてます」
そんな二人のやりとりを、シャンテはクスクスと楽しそうに笑って眺めていた。
張り詰めた空気が幾分和らいだ気がしてホッとする。
「あ、そうだ。昨日、市場に買い物に行ったときにこんなのも買ってたんだ。移動中、腹減るかなと思って」
タケトはポケットをゴソゴソとさぐると、すぐに目当てのものが指に触れた。それを引き出そうとしたら、ポケットの中に突っ込んであった色とりどりの魔石もバラバラと床に散らばってしまった。
「あ、やべ」
慌てて拾って無造作にポケットの中へ突っ込むと、先に取り出したものをシャンテに見せる。
それは薄紙に包まれた二本の棒状の物だった。一本の包み紙を開くと、中からシリアルバーのようなものが現れる。
炒めて砕いた大麦などの穀物に、ナッツとドライフルーツを混ぜ込んでハチミツで固めたものだ。
あちらの世界にいるころから小腹が空いたときにこういうバー状のクッキーやシリアルバーをコンビニで買って小腹を満たすことがよくあった。だから、給料日のあとなどに市場で売られているのをみるとついつい買ってしまうのだ。
この世界では砂糖が貴重なので、ハチミツやドライフルーツの甘さを感じられるシリアルバーは庶民にとって貴重なスイーツであり携帯食料なのだ。
「シャンテ、甘い物好きだろ?」
包み紙が巻かれたままのものをシャンテに手渡す。
「ありがとう。でも……いまは、なんだか喉を通りそうにないから。後で食べるね」
そう言って、シャンテはタケトから受け取ったシリアルバーを大事そうにハンドバッグへとしまった。カロンにもいるか聞いてみたが、彼はちらっとこちらに視線を上げてみただけで「いいえ、僕はそういうものは歯につくのがあまり好きではないので」と断られてしまった。
タケトは一人でシリアルバーを囓りながら窓の外を眺める。すると、全部食べ終わる前にゆっくりと馬車が動きを止めた。タケトは急いで口の中のものを飲み込むと、残りを再び紙に包んでズボンのポケットに突っ込む。
「着きましたね」
パタンと、カロンが本を閉じた。窓から荒涼とした大地と同じような色をした平家建ての四角い建物が見えている。
ついに目的地、ロッコの『店』へと着いたようだ。
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