第142話 疑惑
魔生物保護園を後にしたタケトとシャンテは、日暮れ近くに王宮へと戻ってきた。
空も王宮も夕焼けで赤く染まっている。王の森の上には、寝床に帰ってきた鳥たちが群れて飛んでいた。
そろそろ人間達も家へ帰って家族と夕ご飯を囲む時間だった。
王宮の傍で伏せたウルから、タケトはするりと地面に下りる。トン吉はとっくに寝てしまったのでタケトが肩から提げているカバンの中だ。
ついでにそのカバンの中には、違法オークションの報告書が入っていた。先ほど、魔生物保護園でペガサスの様子について書き足して、ようやく書き上げたばかりだ。
「王に報告書届けたらすぐ帰るからさ。シャンテたちは先に帰っててよ」
「うん。わかった」
王宮の裏口へと歩いて行くタケトの背中を見送ったあと、シャンテはウルに家に戻ろうと促す。ウルが立ちあがったところで、シャンテはふとあることを思い出した。
自分のポシェットの中を探すと、すぐに探していたものを見つける。
折り畳まれた一枚の紙。さきほど、魔生物保護園で見た魔獣オークションの出品リストだ。
これも報告書の添付資料のひとつとして付けたいから貸して欲しいとタケトに頼まれていたことを思い出す。
「いけない。タケトに渡すの忘れてた」
シャンテは再びウルに伏せてもらうと、リストの紙を手にその背中から降りる。
「ごめん。これ、タケトに渡してくるね」
さっき別れたばかりだから、今から走ればすぐに追いつけるだろう。
そう思ってシャンテは裏口へ駆け寄る。王宮に入ってから、ふとどこへ行けばいいのか迷うが、タケトは王に報告書を提出しに行くといっていた。ということは、王の執務室だろう。執務室に入るのは気が引けるので、できればその途中でタケトに追いつくことができればいいのだが。
シャンテは王宮の階段を走って上った。そして息をきらせながら最上階までいくと、他の階とは明らかに違う豪華な内装の廊下を進む。足下には赤いふかふかした絨毯が敷かれていた。その先には普段、王の謁見室を兼ねている『王の間』があった。
普段は閉じられている、『王の間』へと続く大きな両開き扉が今は少しだけ開いている。
扉の前にも廊下にも、警護の騎士が甲冑を被って微動だにせず立っていた。その横を通る度に、シャンテはおそるおそる小さく会釈して足早に通り過ぎる。
照明が落とされている『王の間』は窓から夕暮れの赤い光が差し込むものの全体的に薄暗い。
(タケト……どこにいるんだろう)
王の執務室がここの奥にあることは知っていたが、シャンテ自身は執務室に行ったことがないのでこの王の間のどこにそこへ続く扉があるのかわからない。そもそも『王の間』に来たことすら数えるほどしかないのだ。
コツコツと響く自分の足音にすらビクビクしながら、シャンテはタケトへ渡すリストを胸元でぎゅっと抱くとおそるおそる『王の間』を進んだ。
「た、タケト……どこ……?」
もう執務室に行ってしまったのだろうか。そう思ったとき、
「なんで、そんなになってんですか」
ふいにタケトの声が聞こえた。
シャンテは弾かれたように声のした方に顔を向ける。声は玉座の左側からした気がした。玉座の背後には赤いカーテンがかかっている。そのカーテンの切れ目から人影が見えた。
(タケトだ……!)
シャンテはそちらに駆けて行く。が、近くまで行って、足が止まった。
(え…………)
カーテンの切れ目から、奥の壁にある扉が見える。そこが王の執務室なのだろう。片方が開いた両開き扉。その向こうに見覚えのあるタケトの背中が見えた。
しかし、タケトは一人ではなかった。その背中に細い手が回されている。
「なんでって。お前を待ってたに決まってるだろう」
タケトにしがみつくように抱きついた細い両腕。
よく通る凜とした女性の声。聞き覚えがあった、あれはジェン王の声だ。
ジェンとタケトの二人は、抱き合っていた。
それを見た瞬間、シャンテはハッと息を飲む。
(うそ…………)
シャンテはまるでブリジッタの異形の目に石化させられてしまったかのようにその場にかたまった。
ほんの数メートルの距離なのに、とてつもなく遠くにタケトがいるように思えた。
タケトはジェンを抱きかかえるようにすると、そのまま扉の奥へと姿が見えなくなる。
シャンテの脳裏に、ブリジッタが以前言っていた言葉が脳裏に蘇った。
『でも、あの警戒心のやたら強い王様が自室に呼ぶなんて…………異様な気に入られ方よね。タケト』
あのときは必死に否定したけれど、シャンテも薄々感じていた。
王の、タケトに対する態度への違和感。
警戒心の強い王が、タケトに対してはその壁が極端に低いように感じるのだ。むしろ、自分の懐に積極的に招き入れようとしているようにも思えた。
同性だから感じる、いくら否定してもどうしても湧き上がってきてしまう危機感。
王は、部下としてタケトを見ているだけではない。
きっと、いや…………間違いなく。王はタケトのことが好きなのだ。
そして彼女がタケトを欲しいと思えば、どうとでもできてしまうのだという現実。
彼女はこの国の王だ。彼女の意向に逆らえるものなど、この国には存在しない。
それはタケトだって例外ではない。
いや、一国の王に求められて断る人間などいるだろうか。
シャンテの手からハラリと、タケトに渡すはずだったリストの紙が落ちた。そのカサリという小さな音で、シャンテはハッと我に返る。
きっとほんの数秒のことだったのだろう。シャンテは紙を拾おうとしたが、身を屈めた瞬間に双眸から涙がこぼれ落ちそうになって、もうこれ以上ここに留まっていることができず紙も拾わずにその場を足早に立ち去った。
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