第141話 行ってきます


 シャンテがポシェットから取り出したのは、闇オークションで参加者に配られた出品物リストだった。


「これ見てて、ちょっと気になったの」

「え?」


 タケトはリストを覗きこむ。シャンテが指さすのは、最後に出品された目玉商品の『ペガサス』の欄だ。


 正確には、『ペガサス(成獣、雌)一頭』と書いてあった欄が二重線で消されていて、その下に『ペガサス(成獣、雄)一頭』と記されていた。


「これ、てっきり書き間違えたのを訂正したんだと思ってたのね。でも、タケトが持っていたリストも同じように書いてあったよね」


「ああ、うん。確かそう」


 ペガサスの欄は何度も見たので覚えている。確かにタケトが持っていたリストもシャンテのものと同じように書き直されていた。

 もしそうだったとすると、それが意味することは。


「じゃあもしかして。元々は雄雌一頭ずつ出品される予定だったけど、何かの事情で直前になって雄一頭だけ出品されることになったってこと?」


 タケトの推測に、シャンテもコクンと頷く。


「そんな気がするの」


「だとすると、このペガサスがこれだけ怒っているのも納得できるっすね。ペガサスは常にペアで行動する生き物っす。非常に愛情深くて、片方が死んだりするともう片方も衰弱して死んでしまうこともあったらしいっすよ」


 と、クリンストン。


「ということは、ロッコんとこに雌の方がまだ捕らえられてる可能性があるってことか……」


 このペガサスが人間の言葉を理解しているのかどうかはわからない。しかし、その瞳には非常に強い感情が籠もっているようにタケトには思えた。それが怒りなのか、人間への憎しみなのか、それとも深い悲しみなのか……それは分からない。ただ、このペガサスがそんな目をしなくてすむように、なんとかしてやりたいなとタケトは思う。


「俺ら、あの組織に今度踏み込むことになったんだ。そんとき、お前の彼女も探し出して助けてやるよ。だから、いまは傷をちゃんと治せよな」


 そうペガサスに声をかける。ペガサスはタケトの言葉がわかったのか、首をあげて強く高く何度もいなないた。





 ペガサスの様子も見られたし、そろそろ王宮へ戻ろうとウルの待つ森へと向かう。そのとき、見送りにきてくれたクリンストンがぽつりと呟いた。


「ついに、行くんっすね」


「ああ。王も今度こそ絶対潰すって息込んでた。今回は騎士団とかにも協力して貰って大がかりな捕り物になりそうだよ」


 二人で並んで歩く。シャンテは先にウルを呼びに行っていた。


 長年追っていた組織についに踏み込むとあって、不安からなのかクリンストンの表情は晴れない。


「そうっすね。俺も、行くっすよ」


「ああ、それはすごく助かる」


 現地には多数の魔獣が違法に飼われていると推測された。飼育の仕方のわからない希少な魔獣や危険な魔獣、傷ついたものもいることだろう。それらを保護するのに、魔獣に対する知識や経験が豊富なクリンストンが同行してくれることは非常に心強い。


 タケトはふいに足を止める。それに合わせてクリンストンも立ち止まった。タケトは彼の目を見る。


「お前の書いた報告書、読んだよ」


 その言葉に、クリンストンがハッと肩を揺らした。あの報告書を読んだということは、彼の過去も知ってしまったということでもある。


「もうこれ以上。魔獣にも獣人にも、好き勝手になんてさせない」


 そしてタケトはクリンストンに、拳を突き出した。


「一緒に、ぶっ壊そうぜ」


 タケトを見るクリンストンの瞳が揺れた。彼は差し出された拳をジッと見つめると、大きく頷いて拳を合わせる。


 そして、どちらからともなく二人で笑い合った。


 もう、やるしかない。

 大捕物の準備は着々と進んでいた。

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