第140話 雄のペガサス
シャンテの体調が戻るのを待っている間に、ホテルにオルロフ・ロッコからの招待状が届いた。
上等そうな厚紙のカードに、ロッコが営んでいるという店の情報と、来店の際には事前に誰にどのように連絡を取ればいいかなどが書かれていた。
場所は、どうやらジーニア王国の東南部にあるらしい。帝国との国境に極めて近い。
「つか、これ、ほとんど帝国側じゃねぇの?」
テーブルの上に地図と招待状を置いて場所を確認していたタケトは唸る。
一日ゆっくり休んで体調を取り戻したシャンテも、地図を覗きこんだ。
「このあたり、あまり大きな街もないところだね」
「少し離れたところに小さな村があるくらいかな。交易路からも外れてるし、どうやって行くんだ? ここ」
隣でカロンが鼻にかけている眼鏡を指であげながら、興味深げに地図を眺めていた。
「地図上には線で国境が描かれていますが、実際には明確に国境を現すものは現地には存在しません。単に、この線より東側の村や町はジーニア王国の管轄、西側は帝国の管轄といった程度の緩い区別でしかありません。ですから、村や街が近くに無い荒野はどっちの領土とも言えない曖昧な場所ですね。どちらの管轄権も及びにくい土地。だからこそ、ロッコはそこに店を置くのでしょう。私がいたときも、たしか似たような条件の場所に店はありました」
招待状の文面は、紙に書き写してカロンの伝令コウモリで王都へ送った。
さっそく予約を取る手紙をカロンに書いて貰って指定の場所に送ると、すぐに返事が返ってくる。
取れた予約は、三週間後だった。
王都に戻ってきたタケトは王や官長への報告を済ませたあと、すぐに魔生物保護園へと向かった。
あのオークションで落札したペガサスは、もう運ばれてきているはずだ。ペガサスは代金を払って一旦タケトたちが受け取ったあと、尾行などされないようにタケト達とは別ルートで慎重にここまで運ばれてくることになっていた。
ウルから下りると、シャンテとともに中央にある管理棟に向かう。
「クリンストン、いる?」
執務室のドアをノックして開けるが、室内にあの茶色い大型犬のようなクリンストンの姿は見えなかった。
「あれ? いないな」
他の場所を探そうと扉を締め掛かったところで、部屋の奥からタケトたちを呼ぶ声がした。
「あっちから声がするです」
と、いつものようにタケトの頭の上にしがみついているトン吉が蹄で指す。
「あそこにドアがあるよ」
シャンテのいうとおり、部屋の奥横に小さなドアがあった。
後付けっぽい細いドアだったので、作り付けの収納か何かかと思っていたが、どうやら声はその向こうからするようだ。
そのドアを開けると、その先は屋根の高い
厩舎の真ん中を走る通路を中心に、両端は
「こっちっす!」
クリンストンの声がした。そちらに行ってみると、クリンストンが地面に刺したピッチフォークと呼ばれる大きなフォークみたいな
「ペガサスなら、ここにいるっすよ」
彼の指さした先。厩舎のスペースの一角に、あの純白の馬がいた。
「うわぁ……」
タケトはそのあまりに美しい姿に目を奪われる。
「きれい……」
シャンテも感嘆の声をあげた。
薄暗い厩舎の中でも、うっすらと光り輝いているんじゃ無いかと思うほどの一点の曇りもない純白の毛並み。普通の馬よりも、さらに一回り大きいように感じられた。背中には、天使のような大きな翼が折り畳まれている。あれを開いたら、どんなにか美しいことだろう。
一歩、踏み出したところでクリンストンがピッチフォークを掲げて通せんぼしてくる。
「ああ、それ以上近づかない方がいいっすよ。めちゃめちゃ気性荒いっすから」
「え……襲ってきたりする?」
たしかに目の前のペガサスは、鋭い目でこちらを隙無く睨んでいた。
魔獣図鑑には、そこまで危険な魔獣だという記述はなかった気がしたが、警戒されるのも無理はない。
ペガサスはかつては北部の草原地帯に群れて生息していたが、その神々しさから乱獲されてきた歴史がある。プライドが高くて人に懐かず、飼育も難しいことからあっという間に数を減らし、いまでは裏オークションでも滅多に出ないほどのレアな魔獣となっていた。
「こちらから近づかなければ、襲ってくることは無いと思うっす。一応、傷の治療はさせてくれましたし。でも、最低限の手当以外は近づくと威嚇してくるんっす」
クリンストンの制止にもかかわらず、トン吉がタケトの頭からストンと地面に飛び降りるとトコトコとペガサスに近づいていった。
「あ、こら。トン吉」
小さなトン吉なんて、あの太い脚で蹴られたらひとたまりもなさそうだ。
しかしトン吉は平気な様子でその足下まで寄ると、毛が逆立ちそうなほど強い警戒心を全身で現しているペガサスを円らな瞳で見上げた。
「とても怒ってるです」
「……怒ってる、か……」
そうだろう。無理矢理捕獲され、あんな劣悪な状態で置かれていたのだ。人間自身に対して強い怒りと警戒心を持つことはむしろ自然だと思えた。
人間への強い警戒は治療には少々厄介だが、彼らが自然界で生きて行くには大切なことだ。それ自体は、なんら問題は無い。
「怪我が治れば、お前が元いた場所に戻してやるよ」
そうタケトは言うが、トン吉はあるのかどうかよくわからない小首を傾げた。
「怒っているのは、なんだかそれだけじゃない気もするであります」
「それだけじゃない?」
そのとき、後ろにいたシャンテが「そういえば」と何かを思い出したようにいうと、肩かけポシェットから折り畳まれた一枚の紙を取り出した。
開いたそれは、タケトも見覚えがあるもの。
あの魔獣オークションの参加者に事前に配られた、あの日の出品物のリストだった。
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