第131話 銀嶺の尾
ジェンはワインをぐいっと飲み干すと、空になったカップをデスクに置いた。床に足をつけ、タケトの前を行ったり来たりしながら語り出す。
「魔獣が人類の歴史よりも古くからいる存在ならば、ごく原始的な遺跡からも壁画なんかがでてくるはずなんだ。それなのに、ある一定の年代より前の遺跡からは、野生動物の壁画は出て来ても、現在魔獣と呼ばれている生物に関するものは一切出てこない。それが長年、歴史学者たちを悩ませ続けている大きな謎なんだ。だから結局、学者たちは魔獣も人間と同じく神々が作った物だとか言うんだけどね。残念ながら、私は神を信じてはいないので、学者たちの
国教を擁する一国の王が『神を信じない』なんてはっきり言ってしまっていいものかとタケトの方が心配になってしまうが、それも含めて率直に話したくて邪魔が入らない自室にタケトを呼んだのだろう。
「それで、僕はこの地位についてからというもの、ずっとそのことを調べ続けてきたんだよ」
ジェンはタケトの前で足を止めると、こちらに向かってウインクした。
「最近は強力な共同研究者が見つかったおかげで、研究も一気に進み出したしね。君のおかげだよ、ありがとう」
「……え、俺、何もしてないですけど」
歴史の研究者? 自分のおかげだと言われても、そんな知り合いに心当たりの一つもなかった。
「いいのいいの。そのうち、紹介するよ。で、その共同研究者と研究を続けてわかったことがいくつかあるんだけどね」
彼女のモスグリーンの瞳は、好奇心を抑えきれない子どものようにも、老成した学者のようにも見えた。
「簡単に言うとね。すべての魔獣に繋がる始祖ともいうべき魔獣が突然この地に現れたんだ。もしくは、それは……人為的に作られたものだった」
「…………え?」
ジェンの言っている意味がわからず、タケトは目をぱちくりさせた。それを、ジェンはニコリと笑って受けた。
「すぐには信じられるわけないよね。でも、昔からそういう伝説はあったんだ。ほら、『王の間』の天井に白いドラゴンみたいな絵が描かれてるだろ?」
「あ……」
そう言われてタケトは、式典の際に退屈しのぎに天井を見上げたとき見えた絵を思い出した。そうだ。たしかに、天井に見知らぬ魔獣の絵が描かれていた。
「ちょっと失礼します」
タケトは立ちあがると、この部屋の隣にある『王の間』に向けて駆け出していた。
ジェンの自室の扉を抜け、広い『王の間』の中央まで行って、上を見上げる。
「これ、かぁ……」
高い天井の壁には、白いドラゴンのような絵が、淡く優しい色使いで大きく描かれていた。
コツコツというゆっくりとした足音でジェンが追いついてくるのがわかる。
「それは『
ジェンが話す説明を、タケトは上を見上げたまま聞いていた。
天井に描かれたドラゴンのような形をした白く大きな魔獣は、ゆったりと身体を横たわらせこちらを穏やかに見下ろしている。
それを見上げながら、タケトはポツリと呟いた。
「俺も、ずっと気になってたことがあるんです」
「……ん?」
タケトは、隣にいるジェンにスッと視線を向けた。ずっと気になっていたこと、それは。
「魔獣の名前、なんですけど。俺がいた世界の伝説や民話にあった幻獣たちの名前と似たものが多いんです。いや、特徴すら似ているモノも多い」
「……え?」
ジェンのモスグリーンの瞳が、興味深げな色を放つ。
タケトは一つ頷くと、再び天井の『銀嶺の尾』を見上げた。
「ずっと、不思議だったんです。この世界で『ドラゴン』と言われているものは、俺の世界でもよく似た発音で『ドラゴン』と呼ばれていた。言語自体はかなり違うのに。フェンリルも、カーバンクルもゴーレムもみんなそうです。ケサランパサランなんて、俺の生まれた島国の昔話と同じだ」
ジェンもタケトの隣で天井のドラゴンを見上げた。
「それはつまり……君のいた世界とこちらの世界で、なんらかの文化的な交流が過去に行われているということだよね」
こくんとタケトは頷く。
「それ自体は、俺みたいに二つの世界を移動するやつがたまにいるらしいので不思議な話ではないと思います。でも不思議なのは、魔獣が片方の世界には存在しないこと。俺の生まれた世界では、魔獣たちはあくまで神話や伝説上の存在にすぎなかった。でも、こっちの世界には存在する。それがすごく不思議で……」
天井のドラゴンは、しずかにこちらを見下ろしてきた。お前は、どっからどうやってこの地に降り立ったんだろう。もし本当に存在するなら聞いてみたいが、神話の時代の生き物ならばさすがにもう生きてはいないだろう。
そのとき、大臣がお付きの者たちを引き連れて王の間に入ってきたので、タケトとジェンの会話はそこで終了となる。あれはたしか、外務大臣だ。
大臣に向けたジェンの顔には、いままでタケトに向けられていた自然な表情から一転、聖母のような微笑が張り付いていた。
あれは、公式行事などでジェンが王として
タケトはこれ以上自分がここにいても邪魔になるだけだろうと判断して、左膝を床につき右手を腹にあてて頭を深く下げるという最敬礼で王に挨拶をすると、その場を後にした。
顔をあげた一瞬、王はこちらにニコッとジェンの顔で笑みを向けてくれたが、すぐに大臣たちに向き直った顔は作り物のようだった。
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