第130話 魔獣のひみつ

 吹きだしてしまったワインを手の甲で適当に拭う。


「あのワインなんですか!? これ」


 マンドラゴラは植物系の魔獣なので、エサであるワインを沐浴をするように浴びることで根っこから吸収する。


 この国にいるマンドラゴラと言えば、禁書庫にいるアイツ以外にいない。タケトもよくあのマンドラゴラの沐浴を手伝ったりしていたが、まさかその時使ったワインがこんな風に使われているだなんて思ってもみなかった。


「食べれば不老不死になるというマンドラゴラの成分が染み出してるワインだから

ね。薬みたいなものだよ。さすがに不老不死ってのは根拠のない伝承に過ぎないけど、滋養強壮や疲労回復の効果は高いんだ。ちょうどいいから、君にも一本あげるよ」


 ジェンはデスクの横の本やら何やらが積み上がった山の中から一本のワインボトルを引っ張り出すと、タケトに押しつけた。


「あ、ありがとうございます……」


 半ば強制的にボトルを受け取ると、手の中のグラスに残っている赤ワインを眺める。アイツの出汁だしが出ていると思うと、なんだか急に飲む気が失せてしまった。ボトルでもらっても、どうしたもんだろう。


「もしかして、このワインを飲ませるために俺を呼んだわけじゃないですよね?」


 タケトの言葉に、ジェンはカラカラと愉快そうに笑う。


「もちろんだよ。タケト。ちょっと聞きたいことがあったんだ。キミは以前、暴走した砂クジラを止めたことがあったよね」


「ああ、はい」


 忘れるはずもない。数ヶ月前、ゴラ砂漠で起こった事件のことだ。あのときは、危うく暴走した砂クジラがオアシスの村を踏み潰すところだった。


「あの事件についてのキミの書いた報告も読んだよ。良くまとまっていて、とても読みやすかった。君はやっぱり、書類仕事に長けてるね。どうだい。私の専属書記官にならないかい? ああ、もちろん、魔獣密猟取締官と兼務で」


 にっこりとジェンが目尻を下げてこともなげに言う。


「え、ええええ。兼務、ですか……」


 いきなりそんなことを言われても即答できなかったので、


「……ちょっと考えさせてください」


 曖昧にお茶を濁すものの、ジェンはそれ以上無理強いはしてこなかった。


「ああ、もちろんだとも。気が向いたら教えてくれ。それで、あの報告書のことなんだが。あそこにはフードを着た変なヤツらが砂クジラの頭に装置のようなものを取り付けると、砂クジラが急にキミたちを攻撃しだした、とあったよね」


「はい」


「それはまるで、その装置のせいで砂クジラがヤツラの指示に従わさせられているようにみえた、と」


 タケトは頷く。自分が書いたモノなのだから、内容はよく覚えている。


「はい。そのすぐあと何らかのトラブルがあったのか、砂クジラは暴走を始めました。でも、俺がその装置を壊したら暴走は止まり、砂クジラは元の穏やかな状態に戻りました。その辺りのことは、報告書に書いたとおりです」


「うん。その装置のことなんだけどさ。形状を、もう一度詳しく教えてくれないかな」


「え? あ、はい。わかりました」


 タケトは覚えている限り、大きさやカタチなどをジェンに説明してみせた。内容は報告書に書いたとおりだが、装置を見たときのシャンテの様子や自分が感じた禍々しさといった、報告書に書けなかったことも付け足す。


「そっか……シャンテ嬢が……」


 タケトからの説明を聞いた後、ジェンは顎に手を当ててフムとしばらく何か考え込んでいた。床を睨んだまま、ぶつぶつと何か独り言を呟いている。


 何を言っているのかよく聞こえなかったので、タケトは手持ち無沙汰に手の中にあったマンドラゴラの出汁だし……じゃなくて、ワインを口に含んだ。ワイン自体は元々王宮で使われている上質なものなので、素直に美味い。


 しばらくして、ジェンの視線がタケトに戻ってくる。


「その装置の中に入っていたモノ。赤い液体のようだった、って書いてあったよね」


「はい」


「それって。何かこう、別のモノに例えるとしたら、何に近いって思った? 直感でいいんだ。思いついたもの、何でもいいから聞かせて欲しい」


「例えると、ですか? うーん……」


 いきなりそんなことを言われても悩んでしまう。もう数ヶ月前のことなので曖昧になりつつある記憶を必死に呼び起こした。


 あれは、鮮やかな濃い赤をしていて、タケトが撃ち抜いたらビシャッと飛び散った。そう、あの不気味な鮮やかさをもつ赤は……。


「何かに例えるとしたら、血液……ですかね。はじめは静脈血みたいなちょっと赤黒い色をしていましたけど、段々鮮やかな鮮血みたいな色に変わって」


 飛び散ったさまも、血液の感じによく似ていた。機械を撃ち壊したというよりは、何らかの生き物を撃ったみたいで気持ち悪かったのをよく覚えている。


「そうか。やはりキミもそう思ったんだな」


 キミ「も」という言葉が気にかかって、タケトは怪訝な顔をする。


「ああ、えっと。僕も、もしかしてそうなんじゃないかなと思ったんだ。いや、僕はそれを見たわけじゃないんだが、色々と文献を調べているとね。本当に血液かそれに類似するものだった可能性が捨てきれないんだ」


 ジェンの機知に富んだモスグリーンの瞳が、静かにタケトを見つめる。


「タケトはさ。魔獣たちは、どこから来たと思う?」


「どこから……ですか?」


 質問の意図がわからず、タケトはきょとんと聞き返す。


「そんなの人間とか他の動物たちと同じで、進化の過程を経て……」


「本当にそうなのかな。もし……魔獣が人為的に作られたものだったとしたら、どう思う?」


 ジェンの口調は世間話をするような調子だったが、その目は笑っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る