第125話 お茶菓子は、幸せの味


 アルミラージは木箱のなかで、すやすやと眠っていた。ふわふわ綿毛のような頭と耳にそっと触れると、じんわりとした温かさが伝わってくるが熱いというほどではない。良かった。怪我による高熱の心配は今のところなさそうだ。


 採ってきた野草は、あとで目を覚ましたときに少しでも食べてくれたら良いなと願いを込めて木箱の端に置いておいた。


 キッチンから香ばしい良い香りが漂ってくるなぁと思っていたら、シャンテがお皿に山盛りのクッキーを運んでくる。


「マリーさんからお砂糖いただいたんで焼いてみたんだ。フェアリーさんたちもどうぞ」


 テーブルに置かれたクッキーの山に、フェアリーの二人は目を輝かせて、しきりに半透明の羽をパタパタとさせた。


「良い匂いですぅ!」

「わ、わ、わ、わ…………すごい、幸せの山だ…………」


 ジョルダンなんて、あんぐり開いた口からダラダラとヨダレが零れている。

 タケトはいつも自分が座っている椅子に腰掛けると、皿からクッキーを一枚手に取った。そのままの大きさではフェアリーには少し大きすぎるので、半分の半分に割ってから一欠片ずつ彼女たちに渡す。


「ほら、どうぞ」

「ありがとですぅ」

「わーい!!」


 二人ともテーブルの上にペタンとお座りをすると、両手でクッキーを持って口いっぱいに頬張った。一口食べた途端、とろんととろけそうな笑顔になる。頬張りすぎてぷくっと頬を膨らませながら食べている姿は、どことなくハムスターっぽい。


「美味しいですぅ。ほっぺたがふにふにしちゃいますぅ」

「こんなおいしいクッキー、はじめてたべた!」


 と、フェアリーたちはこのクッキーがいたく気に入ったようだった。

 トン吉にも一枚口に放り込んでやると、こっちはあっという間に食べてしまった。


「ご主人、もっと欲しいです。もっと」

「お前のペースで食べるとあっという間に全部なくなるから、ちょっとずつな」


 タケトも一枚手に取ると、カリッと囓ってみる。少し堅めで、ほんのり甘く素朴な風味が口の中に広がった。練り込まれたナッツが香ばしくて美味しい。


「紅茶もいただいたの。せっかくだから、一緒にどうぞ」


 シャンテがティーカップに紅茶を注ぐと、タケトの前に置いてくれた。


「小さな入れ物探したんだけど、みつからなかったの。こんなものしかなかったんだけど、良かったかな」


 フェアリーたちの前には、小さな小さな人間の爪の先ほどのお椀が置かれる。どこかで見た覚えのある形の椀だなと思っていたら、ドングリの笠だった。それをひっくり返してカップのようにしていたのだ。そこにシャンテはスプーンで一滴紅茶を垂らすとドングリの椀はすぐに一杯になった。


「ありがとうですぅ」

「僕たちも、よくドングリで食器つくるんだよ」


 フェアリーたちは猫舌なのか、ふーふーと紅茶に息をふきかけて完全に冷ましてからこくこくと飲んでいた。


「マリーさん、よくいろんな物くれるよな」


 まだ湯気の立つ紅茶に口をつけながら、タケトは呟く。


 どちらかという、くれるというより恵んでくれているのに近いかもしれない。マリーは騎士団長の妻。当然、上流貴族だ。そもそもなぜ、上流貴族である彼女が魔獣密猟取締官事務所に出入りして掃除とかしてるのか、さらにいうと付与師なんていう仕事をしているのかもよくわからない。貴族のご婦人なら社交界とかそういう方面で忙しそうなのに。


 向かいの席に座ったシャンテも、カップを両手で抱えるようにして持ちながら、「うん」と神妙な面持ちで頷いた。


「マリーさんから前に聞いたんだけど。マリーさん自身は元々は下級貴族のご出身で、今のご主人とも再婚なんだって。だから、社交界とかあまり得意じゃないって言ってた」


「え……、あ、そうなんだ」


 それは初耳だった。


 何か事情があって事務所に出入りしてるんだろうなとは思っていたけど、単に息抜きしにきてただけなんだろうか。タケトにとっては、付与師のマリーに魔石のことであれこれ相談したり魔石弾を作ってもらうことも多いので、顔を合せる機会が多いのは単純に有り難い。


「私もよくはしらないけど。貴族の人たちの社交界って、噂話とか人間関係とかすごく大変なんだって。マリーさんはご主人が有名人だし、そういう事情もあって色々気苦労が絶えないみたい。だから、魔獣密猟取締官の事務所にいる方がずっと楽しいっ

ていってたよ」


「……そっか。どこの世界も色々大変なんだな」


 そんな話をしている間も、ちっちゃなヤツらはパクパクとクッキーを食べ続け、気がつくと皿の山は半分以上なくなっていた。


 トン吉はともかくとして、リーファもジョルダンももう何枚もクッキーを食べているはずなのだけれど、あの小さな身体のどこに入るんだろうか。


「そういえば、リーファたちってさ。あの森に住んでんの?」


 森にはウルに乗ってよく出入りしているけれど、フェアリーを見かけたのは今日が初めてだった。

 タケトの質問に、リーファはクッキーをもっしゃもっしゃ食べながら小首を傾げる。


「うーんと。住んでいるといえば、住んでるし。住んでないといえば、住んでないですぅ」


 と、なんとも要領を得ない答えが返ってくる。


「どういうこと?」


「あのねあのね。あの森にもね。それからあっちの森にも。向こうの草原にも。ずっと向こうの湖にも、妖精の門があるの。僕たち、それを使っていろんなところに行けるんだよ」


 と、これはジョルダン。ほっぺたに、大きなクッキーの欠片がくっついている。それを指でとってやりながら、タケトは聞き返す。


「じゃあ、普段寝起きしてるのはもっと別の場所ってこと?」


「うん。もっと人間とかこないずーっと遠くの花畑。いつも綺麗なお花が咲いてるんだよ。でも、虫さんと遊んだり、どんぐり拾いに来たり、ハチミツとったり、雪だるまつくったり、お魚さんと泳いだりするために、いろんなところにいくんだ」


「へぇ……」


 フェアリーが生まれる瞬間はこの前見たけれど、そのあと彼らがどこに行ってどうやって暮らしているのかまでは知らなかった。


 リーファとジョルダンは話しぶりからして、彼らは生まれてから少なくとも数年は経っていそうだったので、あの時に生まれたフェアリーではないだろう。しかし、フェアリーは古くから頻繁に目撃例があるわりには生息場所がいまいち特定されていない、と魔獣図鑑にも書いてあったことを思い出す。


 リーファたちの話を聞いて、謎の多いその生態がちょっと垣間見えた気がした。あとでクリンストンにも教えてやろうっと。


 そうやって楽しくお喋りしながらお茶の時間を過ごしていたら、窓から一匹のカナブンがブーンと入ってきてテーブルにとまった。


「あ、お友達のカナブンさんだ!」


 ジョルダンはクッキーを口いっぱいに入れたまま、ぽてぽてと走ってカナブンの元へ行く。そしてカナブンがテーブルの上でブンブンと羽を鳴らすのを、耳を寄せてじっと聞いていた。しばらくそうやってカナブンの羽音に耳を澄ませていたが、ジョルダンは突然パッと顔を輝かせる。


「赤ちゃんアルミラージたち、みつかったって! 見たことあるっていうアリさんがいるんだって!」


 お茶の時間は、そろそろお終いのようだ。

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