第124話 餌探し


 アルミラージの治療のために、タケトはちっちゃい魔獣たちをつれて一旦家に戻ってきた。


「このお薬で、いいんだよね」

「あ、うん。それそれ。シャンテ、ありがとう」


 シャンテに持ってきてもらったウル用の救急箱。その中の瓶に、前に罠にかかって怪我をしたウルのためにクリンストンが作ってくれた傷薬が入っていた。しばらく日持ちするというので、またいつか怪我をしたときのためにとっておいたのだ。


 納屋はウルのニオイがしているせいかアルミラージが怯えてしまったので、母屋のダイニングの方に木箱を置いて、そこにワラを敷きアルミラージを寝かせている。


「うわぁ。すごいニオイです」


 薬の瓶を開けた途端、トン吉がむーっと顔をしかめた。


「そんなに臭うか? やっぱ、お前、鼻いいよな」


 アルミラージの傷を見てみると、止血処置のおかげかもう血は止まっていた。

 そういえば、自宅に帰ってきてすぐにシャンテに服の袖を破ったことを見つかってしまったのだけれど、胸に抱いている傷ついたアルミラージを見たら、仕方ないなぁという顔になりそれ以上追及されなかったので内心ほっと胸をなでおろした。


 シャンテに手伝ってもらいながら瓶から木べらで傷薬をとると、アルミラージの傷に塗りこむ。そして、清潔な包帯をまきつけると手当はお終い。


「もう大丈夫なんです?」


 木箱の上でパタパタふわふわ飛んでいるリーファ。その隣では、


「お腹すいてないのかなぁ」


 とジョルダンが、しきりにそればかり心配していた。彼にとってはお腹が空くことは一大事なのだろう。


「そういえば、アルミラージって何食べるんだろう。ウサギと同じ、野草とかそういうの?」


 元の世界ならペットショップでラビットフードを買ってくればそれで済むのだが、この世界にはそんな便利なものがないので、元々食べているものを探して採ってくるしかない。


「そうですぅ。あとで、リーファとってくるです」


「それは、助かる。それと……」


 とりあえず、餌の問題はそれで解決できそうだったが、治療していてもう一つ気付いたことがある。

 隣で薬瓶や包帯を救急箱にしまっていたシャンテも同じことに気づいたようで。


「この子、お母さんみたいだよね。巣穴にはこの子を待ってる子ウサギがいるんじゃないかな」


 シャンテの言葉に、タケトも頷いた。

 お腹についた片側四つ。計八つの乳首。それがかなり膨らんでいる。授乳中だと思われた。


「え……赤ちゃんいるんです? た、大変ですぅ。ママが帰ってこないと、赤ちゃんたちおっぱい飲めないですぅ!」


「腹ぺこなの? 赤ちゃんたち、腹ぺこなの?」


 フェアリーたちは、血色の良かった頬を白ばませてオロオロと慌てだした。

 このアルミラージが罠に捕まってどれくらい経っているのかはわからないが、どこかで赤ん坊たちが腹を空かせて母親の帰りを待っているのは確かだろう。


「どうやって見つけたもんかな。独りで巣穴に帰れるんなら、こいつを見つけたあたりにでも放してやるんだけど……」


 あいにく、見た目以上に傷が深く、まだまともに歩ける状態じゃなかった。巣穴の場所さえわかれば、その近くまで連れて行ってあげられるんだが。

 みんな「うーん」と押し黙ってしまうが、その沈黙を破ったのはジョルダンだった。


「僕ね。僕ね。虫さんたちに聞いてみる!」

「え?」


 虫に聞くという意味がわからず聞き返すタケトだったが、ジョルダンはこちらの話など聞いていないようでマイペースに胸の前でガッツポーズをする。


「いっぱいいっぱい、虫さんに聞いてみるんだ」


 そして、急に部屋の中を二、三回ぐるぐる飛び回ったあと、開いていた窓から外へ飛んでいってしまった。


「さぁ。わたしは、アルミラージさんのご飯とってくるですぅ。そこの大きな人間の男さんも一緒にいくですぅ!」


「うん。いいけど、タケトって呼んでほしいな。そっちの方が短くてたぶん呼びやすいから」


 そんなわけで、タケトはリーファと一緒に再び森に入ることになった。

 リーファが教えてくれたアルミラージの食べ物は、タンポポやヨモギ、クローバーなどの野草に木の新芽など。このあたりは普通のウサギとよく似ている。


 ペットショップでバイトしていたときに知って驚いたけれど、実はニンジンはウサギの餌としてあまり適していない。あれは糖分とカロリーが高いので、うさぎにとってはオヤツ的な位置づけになり、食べ過ぎるとかえって健康によくないのだ。だから、思い込みやイメージだけで餌を選ぶのは危険なこともある。今回は、リーファがアルミラージのことをよく知っていたので助かった。


 あのアルミラージがどの野草が好きなのかはわからないので、リーファに指示された野草を少しずつ摘んでいく。ほんの十分ほどで、充分な量の餌が手に入った。


「これくらいあれば、今日は充分だろ。どんなものあげればいいのかわかったから、次からは俺独りでも採りにこれるし」


「じゃあ、タイトさんのおうちに戻るですぅ」


「タケトな。タ・ケ・ト」


「タ・エ・ト? むぅ。発音しにくいですぅ」


 そんなことを話しながら自宅の裏庭に戻ってくると、ちょうどジョルダンも帰ってきたところだった。


「いっぱい、虫さんとお話してきたよ! あかちゃんアルミラージ見たことある虫さん、探してくれるって。きっと、すぐみつかるよ!」


 ふわんふわんと踊るようにタケトの周りを飛び回ると、すとんとタケトの肩に座る。

 とそこに勝手口のドアが開いて、シャンテが顔を出した。


「おかえりー。ちょうど、お茶淹れたよ。小さなお客さんたちも、どうぞ。甘いおやつもあるよ」


 その言葉に、リーファとジョルダンの顔がパッと輝いた。もう傍目で見ていても、はっきり分かるくらい嬉しそうな顔だ。


「シャンテさん、ありがとうですぅ!」

「わーい! 僕もう、腹ぺこなんだ!」

「タヒトさん、先いってますですぅ」


 フェアリーたちは、踊るように跳ねながらシャンテについて勝手口のドアから屋内へ入っていった。

 タケトもついていきながら、ボソッと呟く。


「……俺の名前、そんなに覚えにくいかな……」


 ちょっと地味にショックだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る