第123話 いじめる人は、許さないんです!


 何かに後頭部を強く殴られ、タケトは痛さのあまり呻いた。


「痛っ……って、なぁ! 何すんだよ!」


 すぐに後ろを振り返ったのだが。


「あ、あれ……?」


 背後には誰もいなかった。ただ、静かに森が広がっているだけ。

 いま確かに、誰かに強く頭を殴られたのは間違いない。

 すぐに振り向いたから隠れる時間なんてなかったはずなのに、背後には誰の気配もない。


「おっかしいなぁ」


 頭を捻っていると、肩にのっていたトン吉がバタバタとタケトを後ろ脚で蹴ってきた。


「ご主人。あれです。あれ!」

「ん?」


 トン吉が蹄で指す先に目をやると、タケトの頭よりもさらに一メートルほど高いところに、何か小さなものがふわふわと浮かんでいた。


「なんだ、あれ。ガガンボ?」


 一瞬、あのやたらと脚が長くて胴体の細い羽虫を思い浮かべたが、目の前を飛んでいるものはそれよりももっと小さくて蝶のようにも見えた。しかもよく目を凝らすと、胴体部分は虫のソレではなく人の姿をしている。


 ふわふわと黄金色の長い髪を漂わせた、タケトの親指ほどのサイズしかない小さな女の子。桃色の花びらでつくったようなワンピースを身に纏い、その背中から生えた半透明の羽をパタパタさせながらこちらを見下ろしていた。


「あ、あれ? お前、フェアリーか?」


 前に運河の工事現場で出会った古ゴーレム。あのとき妖精の石フェアリーストーンから生まれてきたフェアリーたちと、姿形がとてもよく似ている。

 ただ違うのは、目の前のフェアリーは自分の体長の三倍くらいありそうな棒を抱えていたことだ。


「その子を離すですぅ!! 食べちゃだめなんです!!」


 そう叫ぶと、フェアリーの少女は再びタケトの頭に棒を振るってきた。咄嗟にタケトは左腕でアルミラージを抱え直すと、斧を地面に刺し置いて、空いた右腕をかざして頭を守る。


「痛てぇってば。さっき叩いてきたのもお前か?」

「はやく離すです!! その子は怪我してて、大変なんです!」

「ああ、もう。話し聞けって!」


 ぺしぺしと叩いてくる棒をタケトは右手で掴むと、フェアリーの少女から取り上げてぽいっと投げ捨てた。するとフェアリーの少女は、怒られた子どものように目をまん丸くして固まったあと、


「ふぇええええええええええ。ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃい、たすけられなかったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。アルミラージさん、ごめんなさぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 と大きな声でワンワン泣き始めた。小さい身体の割には大音量だ。


「あーあ。ご主人、泣かしちゃったですね」

「え。これ、俺のせいなの!?」


 なんだかトン吉にまで責められてしまい、タケトはどうしようと頬を指で掻く。

 どっちかっていうと、痛い目みたのはこっちなんだけど。でも、とりあえず何か誤解されてるのは解いておかなきゃ後々面倒なことになりそうだったので、タケトは極力柔らかな声でそのフェアリーの女の子に話しかけた。


「あ、あのさ。俺、別に、このアルミラージを虐める気なんてないからな?」


「うそですぅ。人間は、アルミラージさん食べちゃうですぅ。スープとかにいれて、美味しく食べちゃうですぅ。リーファのことも、きっと食べちゃうんだ。うわああああああああんん」


「どっちも食べないからね!?」


 肉付き良さそうなアルミラージはともかく、フェアリーなんてどうやって食べるんだ? なんて疑問も頭に浮かんだが、それはともかくとして。


「俺は単に、このアルミラージの傷を手当してやろうかなと思っただけだよ。ちょうど、家に良い傷薬があるしさ」


 左腕だけでアルミラージの身体を支えていたのでちょっと腕が疲れてきた。それで、少し持ち替えたときに、腕の中のアルミラージがジタバタと暴れ出す。怪我した後ろ脚を動かす度に流れ出る血が白い毛を赤く汚した。


「あ、ごめん。傷にさわったか。そんなに動くなって。動くと、余計血が……ここで、止血だけでもしてくか」


 あいにく、ちょっと薪を探しに来ただけだったので、止血できそうな布などの持ち合わせがない。少し悩んだが、結局タケトは自分のシャツの袖を歯で咥えると、いっきに切り裂いた。


「あーあ。また、シャンテさんに怒られるですよ」

「うーん。……あとで謝っとく」


 布はこの世界ではそれなりに値がするものなので、服は本来十年以上大事に使って、ボロボロになってからもタオルとして使ったり、さらに雑巾やら布団の中身やら携帯燃料なんかに使ったりするものなので、服を破るとシャンテにあまりいい顔をされない。でも、この場合仕方ないと思うんだ。それに、この程度ちぎりとったくらいなら左右の袖の長さが多少変わるだけで、まだ着れると思う。


 タケトは裂いたシャツの端で、アルミラージの後ろ脚の傷より少し高い位置をきつめに縛った。その様子をトン吉と、フェアリーの女の子も不思議そうに眺めている。


「よし。これでほとんど血はでなくなると思う。ちょっと痛いけど我慢しろよな」


 アルミラージはタケトの腕の下に顔を突っ込んで大人しくなった。落ち着いたようだ。


「これで、もう大丈夫なんですぅ?」


「いや、血が出るのを防いだだけ。家に帰らないとちゃんとした手当はできない。……だから、連れ帰ろうとしたんだけど。もう殴らないでくれる?」


「うん。わかったですぅ! さっきはごめんなさいです!」


 フェアリーの少女は優しくアルミラージの頭を撫でると、くるくると小さな円を描きながら真上に飛びあがる。彼女が飛んだ軌跡にキラキラと金色の鱗粉が舞った。その鱗粉は、タケトが抱くアルミラージの上にも降り注ぐ。


「リーファ、まだあんまり上手くできないけど。ちょっと治るのお手伝いするですぅ!」


 その鱗粉に触れると、まだ少しズキズキと残っていたタケトの後頭部の痛みもすーっと消えていった。


「え……これ、すごいな。傷を治すのか?」


 鱗粉は手で触れようとすると、体温に触れた粉雪のようにすうっと溶けるように消えてしまう。


「えへへ。妖精の粉ですぅ。妖精王さまがやると、沢山の動物や虫たちの病気も怪我も全部いっぺんに治すですよ。でも、リーファまだあんまり上手じゃないから、疲れがとれたり、ちょっと治りが早くなったりする効果しかないんですぅ」


 モジモジしながら、そのフェアリーの少女は恥ずかしそうに空中でくるっと回った。


「ありがとう。助かるよ」


 そこに、森の奥の方からもう一人、フェアリーが飛んでくる。ハァハァと荒く息をしながら、こちらも手に大きな長い物を抱えて、ふらふらよろめきながら飛んでいた。


「ハァハァ。リーファ。いいもの見つけてきたよー。これで、アルミラージさんの脚をガブッてしてる罠を……あ、あれ?」


 こっちはサイズこそリーファと同じくらいなのだが、オレンジ色の半ズボンに茶色いチョッキを着たぽっちゃりした少年のフェアリーだった。


「もう、ジョルダン。遅いですぅ。アルミラージさんは、そこの大きな人間の男さんが助けてくれたんですよ」


「へ? そうなの? なんだぁ~」


 ジョルダンと呼ばれたそのフェアリーの少年は、浮かんだまま疲れた様子でクタッと身体の力を抜いた。その途端、手に持っていた長いものが地面落ちると突き刺さった。よく見ると、布の裁断などにつかう刃が長くて鋭い裁ちバサミだ。


(あれで、罠をどうするつもりだったんだろう……)


 あのハサミを持ってたのがリーファじゃなくてよかった。もしそうだったら、後ろから棒で殴られるんじゃなくて刺されていたかもしれないと思い、内心ぞっとする。やりかねない。このリーファって子なら、やりかねない。


「えっと、俺はタケトな。よろしく」


 冷や汗が、つっと背筋を流れ落ちた。

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