第118話 今度こそ。今度こそ……!


 時は戻って、現代の魔生物保護園。

 クリンストンはタケトとカロンから持ち込まれた壺を見て、呆然としていた。

 壺の中に保護された何匹ものサラマンダー。その壺の隅に一匹だけ、どう見ても明らかに色が違うものがいる。

 どす黒い色をしたそれは、動くこともなく隅っこでジッとしていた。


「海水浴びてから、どんどん色が黒くなっちゃって。……もう、ずっと動かないんだ。死んじゃったのかな、そいつ」


 心配そうにタケトが言う。

 しかし、クリンストンは何も聞こえていないかのように、黒くなったサラマンダーをただジッと見つめていた。

 いつになく動揺している彼の様子に、カロンはサラマンダーをここに持ち込んだことを後悔しつつあった。


(別の人に頼むしかないか……)


そう思い始めたカロンだったが、ふとクリンストンが弱ったサラマンダーを凝視したまま、ぶつぶつと何かを呟いていることに気づく。


「違う……死んじゃいない。サラマンダーは、死ぬと粉々になるはず。そうなっていないって、ことは……」


 顔をあげたクリンストンの目にはもう、戸惑いや恐れのような色は消え去っていた。そこに宿っていたのは、強い光。


「カロン。まずは、サラマンダーたちをできるだけ温めたい。王都の周辺で、なるべく密閉型の焼き窯を貸し切れないかな。できればタウロス山にサラマンダーたちを返すまでの間」

「あ、ああ。それは構わないが」


 次にクリンストンはタケトに言う。


「タケトは、シャンテとブリジッタに俺が言う材料を集めてもらうよう頼んでくれますか。この弱ったサラマンダーに使える、考えうるだけの薬の調合と保温措置を試したいっす。あと、帰ってきたばかりで申し訳ないっすが、そのあとタケトにはウルでちょっと遠出してほしいっす」

「遠出?」

「俺が指定した餌を調達してきてもらいたいんっす。こいつら、保護してからまだ何も餌、与えてないでしょ?」


 カロンは、昔クリンストンがサラマンダーのピットに死肉にたかるハエなどを与えていたのを思い出す。

 しかし、それでは餌として充分ではないと今の彼は考えているようだ。


「う、うん。何喰うのか、わかんなくて。タウロス島はまだ、ガンガン噴火してて近寄れないし」

「サラマンダーは、火口の周りに住む火虫を食うと考えられるっす。火虫ならほかの別の火山にもいるはず。いま地図渡すんで、探してきてもらえませんか?」

「わかった」


 タケトは島から帰都したばかりで疲れているだろうに、文句一つ言わず二つ返事で承諾した。そして、クリンストンから地図などの資料一式を受け取ると、ウルに乗ってすぐに王都を発ってくれた。







 カロンは王都にある焼き窯工房をいくつも訪ね歩いて、ようやく引き受けてくれる工房をみつけることができた。


 そこは、大手工房の予備窯で、大量発注がかかった時だけ使用するものだった。郊外にあり、現在は使っていないのでサラマンダー用に貸してくれるという。

 手の空いた職人が、簡易屋根の下にあるその窯に火入れを始めた。付与師のマリーから借りた火の精霊の魔石も使って、どんどん窯の温度をあげていく。


 充分に温まってから、クリンストンはサラマンダーたちを窯の中に入れた。狭い壺から出られて、サラマンダーたちは喜んでいるようだ。窯の中でちょこちょこと活発に動き回っている。

 しかし、あの黒くなったサラマンダーだけは、変わらなかった。窯に入れるために乗せた石板の上でじっとうずくまって動かないまま。色にも変化はない。


 あまり何度も窯を開けると中の温度が下がってしまうため回数は絞りながらも、数時間おきに様子を見るため石板を金棒で引っ張り出してみる。どれだけ時間が経っても、黒くなったサラマンダーに変化はなかった。


「やっぱり、ここまで変色してしまうと温めるだけではダメなんっすね……」


 そこに、ブリジッタとシャンテが到着する。


「クリンストン! 持ってきたよ!」


 彼女たちが手に持ったカゴの中には、クリンストンが指定したものが全て入っていた。


「ありがとうっす! 作業台に出しておいてもらえるとありがたいっす」

「クリンストン。俺もなんか手伝うけど」


 工房の職人に教えてもらって窯の温度調整作業をしていたカロンも、作業がひと段落したので次の指示をクリンストンに尋ねる。


「あ、えっと。カロン。じゃあ、一緒に薬つくるの手伝って。サラマンダーが吸収しやすいようにしたいんだ。どういう材料をどういう配合で作るのが良いのか、試し試しになるんで下準備やってほしいっす」


 作業台に、魔生物保護園から持ち込んだすり鉢や天秤、蒸留装置など製薬道具を出す。


 サラマンダーは火山の溶岩の中に住む、とても珍しい魔獣だ。そのため、生態はあまりわかっていない部分も多い。それでも、クリンストンはこれまでもサラマンダーについて様々な文献を調べ、多様な爬虫類系の魔獣を保護した経験から、サラマンダーの生態についてできうる限り調べ上げていていたようだった。今回、そうしてまとめていた資料が非常に役に立った。


 シャンテはカゴに入れた材料をテーブルにあけると、


「私は、またマリーさんとこに火の精霊の魔石もらってくるね」

「まったく、行ったり来たりですわね」


 そうぶつくさ言うブリジッタとともに再び工房の外へと出て行った。

 それと入れ違いに、騎士団の上官の制服に身を包んだ赤髪の女性が工房へ顔を出す。


「おやおや。賑やかだね」


 ヴァルヴァラ官長だった。


「お前らのことだから、何も食ってないんだろう。ほら、コレでも食って少しは休め。じゃないと、身体がもたんぞ」


 彼女が手にしていたカゴには、紙に包まれたサンドイッチやチーズ、フルーツなんかがごろごろ入っていた。王宮のコックに作ってもらったそうだ。


 水筒には氷の精霊で冷やした紅茶が入っていた。

 氷の精霊は冬の間しか魔石に充填できないので、夏場はかなり高価だ。どうやら、官長のポケットマネーで入手したらしい。


 窯の付近は簡易屋根があるだけの実質的屋外とはいえ、常に窯を焚いているおかげで熱気が充満していた。窯の近くにいるだけで汗が噴き出してくる。

 冷たい飲み物は、非常に有り難かった。


「サラマンダー、いるんだって?」


 さらに、工房にジェングレイ女王まで顔を出して、なんだかさらに賑やかさが増す。もっとも、カロンたちマトリの面々以外はジェングレイを見ても女王とは気づいていないようだ。


 普段王宮で人々の前に顔を出すときのようなドレス姿ではなく、髪を雑に麻紐でしばっただけのノーメイク、シャツに作業ズボンという工房の作業員たちと大差ない格好をしているのだから、無理もない。


 しかし、数日たっても弱ったサラマンダーは黒いまま、改善の兆しを見せなかった。

 クリンストンの焦燥と疲労も、日増しに強くなっていく。


 薬はいろいろ試してみた。とはいえ、そもそも口に入れて貰うことすら大変だった。腹は空かせているはずなのに、たまに嘗めるだけで口に入れてはくれない。


 保温の仕方も、熱した金属の箱に入れてみたり、熱がこもりやすい砂の上においてみたりと工夫して窯で温めてみたが、どれもあまり効果は無かった。


 サラマンダーを預かって一週間ほど経ったころ。


「ただいまー。やっと火虫、手に入ったよ」


 ようやく、タケトが戻ってきた。蓋付きの容器の中には、赤く燃えるような色の羽虫が沢山入っている。


 それを少し取り分けて弱ったサラマンダーに与えてみるが、動く火虫を自力で食らいつきにいけないほど衰弱していた。

 そのため火虫を長い棒で挟むように摘まんで口元まで持っていってやる。爬虫類は生きしか食べないものだが、目の前で動かしてやると生きと勘違いして食べることがある。


 弱ったサラマンダーの顔の前で火虫をちらちら動かすと、ようやくパクッと食らいついた。けれど、喜んだのもつかの間、弱りすぎていて上手く飲み込めないようで、すぐに吐き戻してしまった。


 残りの火虫を窯の中に入れてやると、お腹を空かせた他のサラマンダーたちが元気に食らいつく。あっという間に食べ尽くしてしまった。


「食べてしまいましたね。またすぐ捕獲してこないといけないかもしれません」


 火虫の生息地とこことを何往復もしてもらう必要がありそうだ。

 ここのところ遠出しっぱなしのタケトに申し訳なく思うカロンだったが、


「大丈夫、大丈夫。古物商のダミアンに相談したらさ。定期的に買い取ってくれるんなら、あいつの伝手つてを使って火虫取りに人を派遣してくれるって」


 とタケト。ダミアンというと、たしかフィリシアの街で古物商を営んでいる男のことだ。数ヶ月前、カーバンクル密売の件で捕まえたことがある。タケトが情報提供者として度々接触しているのは知っていたが、なんとも胡散臭くてカロンは快く思ってはいなかった。


「それって、脛に傷のある連中を使ってるんじゃないですよね?」


 もしそうだとしたら、魔獣密猟取締官事務所の人間が犯罪者に利益供与したことになってしまう。大問題だ。


「そこは、釘刺しといた。マトリが捕まえなきゃいけないようなヤツ使ったら、買い取らないし、お前をケルピーに食わせるぞって。だから大丈夫だと思う」


 それも完全に脅迫ですけどね、と内心思いつつも、火虫の入手経路が確立できるのは純粋にありがたかった。


 そんなタケトとカロンのやりとりを余所に、クリンストンは一心に薬の調合に精を出していた。サラマンダーの好物である火虫の羽と足をとってすり潰したものに、薬をガーゼでくるんで水につけ薬効を抽出したものを混ぜ込んで団子状にしてみる。

 それを祈るような気持ちで弱ったサラマンダーの口元に近づけると、サラマンダーは用心深くペロッとソレを嘗めた後、小さく口を開けてカプッと食らいついてくれた。


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