第119話 そして……。


 タケトたちがサラマンダーを持ち帰って以来、工房にカロンとクリンストンの二人で泊まり込んで、夜も交代で窯の様子を見る日々が続いていた。


 ときどきタケトが泊まって手伝ってくれることもあったが、魔獣密猟取締官の仕事でカロンが抜けた穴を彼に埋めて貰っているので、こちらのことにそう時間を使わせるわけにもいかなかった。


 弱ったサラマンダーは、好物である火虫に薬を混ぜ込むことでようやく薬と栄養を継続的に採れるようになった。そこからさらに、体調の変化をみながら少しずつ配合を変えて、何がどのくらいの量で効くのかを調べつつ治療にあたる。


 サラマンダーの色は、黒みが少し引くこともあれば、逆にもっと黒くなったりと一進一退を繰り返していた。


 サラマンダーを保護してから二週間ほどが経ったある日。

 カロンは工房のテーブルでついウトウトしていた。先の見えない治療の日々にかなり疲労が溜まっていたのだろう。

 作業台についた肘の上に頭をあずけ、こっくりこっくり船を漕いでいたら、突如聞こえてきた大きな声で夢から引き戻された。


「カロン! カロン! ちょっと来て!!」


 クリンストンの声だ。しかも慌てている様子。

 窯の方から聞こえてくるその声に、カロンはずり落ちそうになっていた眼鏡を指で直しすぐに立ちあがると、声の方へと向かった。


 もしかして、サラマンダーの容態が急変したんじゃ。そんな、嫌な胸騒ぎがする。

 窯の傍にいくと、ほとんど地面に頭を付けるようにしてクリンストンが窯の入り口から中を覗き込んでいた。そんなに近づくと顔を火傷しかねないので、心配になり思わずカロンはクリンストンの襟首を掴んで引き離す。


「どうした?」


 尋ねると、彼は身体を起こした。そして、窯の傍らに出してある石板を指差した。

 それは、熱が籠もる性質の石材でできた石版で、ずっとあのサラマンダーが乗っていたものだ。端に取っ手がついていて、サラマンダーに餌や薬をあげる際にはその取っ手に火かき棒でひっかけて引っ張り出すのだ。


 しかし、今はその石板には何も乗っていない。

 数時間前にカロンが確認したときは、その石版の上であの黒くなったサラマンダーがクタッと伏せていたのに。

 もしかして?と目でクリンストンに尋ねると、彼は大きく頷いた。


「いま、窯の中のサラマンダーの数を確認してたんだけど。間違いなく、数は減ってない。ほら、あっちの窯の隅に尻尾の先だけ黒くなってるヤツがいるっす。たぶん、あれが」


 カロンも姿勢を低くして窯の入り口から覗き込むと、中で活発に動き回っているサラマンダーたちが見える。

 その中に一匹、尾っぽの先が黒いモノがいた。


「え? あれが?」


 カロンの疑問に、クリンストンは大きく頷いた。


「まだ、完全ではないけど、身体の色がかなり戻ったみたい」


 たしかに尾と足の先はまだ黒いままだが、胴体と顔は他のサラマンダーと遜色ない赤黄色になっていた。そのうえ、動いている。

 まだ、他のサラマンダーほどちょこまかとした活発な動き方はしていないが、のっそりのっそりと歩いて他のサラマンダーの上に乗っかったりしていた。


 完全に回復したとはいえないが、昨日までの死にそうな様子からしたら段違いだ。

 信じられなくて窯から顔をあげると、クリンストンと目を合った。


「ようやく、薬、効いてきたみたいで。体温があがりはじめた。……峠は、越えたみたい」


 彼は顔をくしゃっと歪ませ、それ以上は言葉にならないようだった。

 俯いて手の甲で目元を拭うクリンストンの肩を、カロンは優しく叩く。


「やったな。……やっぱ、お前はすごいヤツだよ」


 心から出た言葉だった。

 クリンストンは顔をくしゃくしゃにして、照れくさそうに笑う。


「みんなが、助けてくれたから。それがあったから。そのおかげだよ」


 そうクリンストンが呟く。

 ソレも確かにあるだろう。

 でも、彼がいなかったら、このサラマンダーはもちろんのこと、今まで魔獣密猟取締官事務所が保護してきた魔獣たちだって、どれだけ助けられたか分からない。


 自然に返すことができた率はいまより遥かに低かっただろう。

 彼はおそらくこれからも表舞台に出ることはないだろうけど、魔獣保護の大事な屋台骨を支えていることは確かなのだ。


 そのとき、工房の敷地の外から賑やかな声が聞こえてきた。何やらワイワイと子どもの声が聞こえる。

 なんだろう?と門の方へ視線を向けたとき、垣根に隠れていた黒く大きな身体がヌッと現れた。


 ウルだ。

 その上には、タケトとシャンテ。それに……。


「あれ? なんでお前たち、こんなとこまで……」


 クリンストンが声を上げる。

 ウルの上には、獣人の子どもたちがわちゃわちゃと沢山乗っていた。

 頭の上に一人。

 尻尾に捕まっているのが二人。

 タケトとシャンテの間に挟まるように乗っているのが一人。

 ついでに、タケトの背中にも一人おんぶされている。

 どの子も見覚えがある。

 みな、クリンストンの子どもたちだ。


 上は7、8歳、下はまだ1歳くらい。

 ウルが伏せの姿勢をとると、わらわらわらっと子どもたちが降りてきてクリンストンに駆け寄る。

 タケトがおんぶしていた子も、降ろしてやるとつたない足でテテテッと父親の元に走っていった。


 クリンストンによく似た耳の垂れた子もいれば、ピンと上を向いた耳の子もいる。あの子は奥さん似だろう。獣化している子もいれば、人化している子もいた。

 でも、どの子も子犬の愛らしさと人間の子の可愛らしさを足して割らないみたいなモフっ子ばかり。


「とうちゃん!」

「さいきん、かえってこないから、あそびきた!」

「あのね、あのね。ブランね、きのうはじめて、おつかいいったんだよ!」

「父ちゃん。なんで帰ってこないの?」

「ちゃ!」


 しばらく工房で寝泊まりしていたため会えなかった間に、言いたいことがいっぱい溜まっていたんだろう。堰を切ったように我先にとしゃべりながら、クリンストンに抱きついた。

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