第115話 捕食
カロンは腰が抜けたように座りこんだまま、その神々しくも
ジズ、とその巨鳥は名乗り、自らを『空を統べるもの』だと言った。
巨鳥の視線が、ついと上がる。その赤い目が向けられた先には魔獣たちの檻があった。壁が吹き飛んだことで、ここからでもよく見えるようになっていた。
『アイツハ マダ 目覚めテハオラヌヨウダナ
ワレノ管轄デハナイガ シカタアルマイ』
そう呟くと、ジズは六枚の翼のうちの一枚だけを羽ばたかせる。
その僅かな動きだけで、ジズは全て檻を一瞬にして破壊していた。何をしたのかは早過ぎて見えなかったが、檻は巨大なカマイタチにやられたように鋭い切り口で切り刻まれていた。
『ヒトヨ
しばらくミヌ ウチニ
ズイブント
檻が袈裟斬りに壊されたのに、中に閉じ込められていた魔獣たちに怪我はないようだった。魔獣たちは何が起こったのかわからずきょろきょろと辺りを見回して不思議そうにしていたが、檻が壊れていることに気づくとそろそろっと檻から逃げ出し、散り散りに走り去っていく。
それを見て店内にいた人々も、動ける者はみな逃げ出しはじめた。
この魔獣は普通の魔獣とは違う。人間が敵う相手ではない。
そう本能が警鐘を鳴らす。
しかしジズは慌てた様子もなく、悠然と六枚の翼を広げた。
『ショセン 我らの クイモノニ スギヌモノヲ』
その言葉とともにジズの周りに白いつむじ風が巻き起こった。つむじ風自体はすぐに修まったが、そこからひょいひょいと白いものが飛び出し四方に飛ぶ。
その白いものは逃げる人々の足に巻きついた。巻きつかれた途端、足が白く変色し動かせなくなる。
「な、なんだこれ!!」
「きゃあああ」
あちこちで悲鳴があがった。
カロンも例外でなかった。白い風のようなものが足にまとわりついたかと思うと、足がまったく動かなくなっていた。膝から上から爪先まで感覚が無く、白くなっている。
触ってみると、驚くほど冷たい。まるで、氷になったようだ。凍らされたのかもしれない。
なんのために?
その理由はすぐにわかった。
ジズが首を伸ばして、動けなくなった男を咥え上げたからだ。
「うわああああ」
男は恐怖で手をばたつかせるが、ジズは構わずクチバシを上に向けると、喉元に落ちてきた男を大きく口をあけてするっと飲み込んだ。
すぐに別の女を咥え上げ、それもあっさりと飲み込む。
ジズは次々に人間を喰らっていった。
いつしか、この場はあの巨大な鳥の餌場と化していた。
(ああ……そっか。僕は、ここで終わるのか)
目の前で次々と喰われていく人間たち。
客も、女も、従業員も、自分と同じ境遇の子どもたちも。みな次々に飲み込まれていく。
それを、カロンはぼんやりと眺めていた。
足が動かせないので逃げ出すことはできない。
恐怖すらもう、凍り付いてしまったようだった。
(どうでもいいや……)
そもそも、自分に生きている意味なんてなかったのだから。こんなところで、終わっても別に構わない。そんな妙に冷めた気持ちだった。
唯一願うのは、最後の瞬間ができるだけ痛みや苦しみが少なければいいな、というただそのことだけだった。
しかし、そのとき。
感覚のなくなっていた足にじんわりとした温かさを感じて、カロンは自分の足に目を落とす。
(え……)
いつのまにか、足の上にペタッと何か赤いモノが乗っていた。
赤いトカゲ。サラマンダーのピットだ。
でもいつもより少し赤みがくすんでいる。
どうやら、建物が吹き飛ばされたときに暖炉の檻が壊れて、逃げだしたようだ。
ピットが触れている部分から、急速に感覚が戻ってくる。白く変わっていた足がすっかり元に戻っていた。
それに対して、ピットの色はさらに黒っぽく変わった。
まるでピットがジズに凍らされた足の冷気を吸い取ってくれているかのようだ。
そのピットを誰かが掴み上げる。
顔を上げると、目の前にクリンストンがいた。
彼は大事そうにピットを布でくるんで抱くと、カロンの手をとって耳元で囁いた。
「ピットが、お前のことも助けたいって。歩けるよ。逃げよう」
確かに、さっきまでまったく動かなかった足が動くようになっていた。
カロンは小さく頷くと、彼の手を取って立ちあがる。
そして、ジズが従業員の一人を咥えて飲み込もうと上向いた隙に、二人で駆け出した。
しかし、ことはそう甘くなかった。
『ナンピトたりとも ニガシハセヌ』
従業員を放り捨ててジズが、その無機質な目をこちらに向けた。鋭いクチバシが、二人の背中に迫る。
その大きなクチバシで二人まとめて咥えられそうになったとき、何かが二人の頭上を高速で通り過ぎてジズの眉間に当たった。
ギャアアアアァ
ジズが悲鳴のような声をあげて、首を引っ込める。
振り返ると、ジズの眉間に深々と
「くそっ。もうすこし早くに踏み込めてりゃよかったんだが。よりにもよって、こんなヤバイやつを呼び起こしちまうとはな。なんなんだ、このバカでかい鳥は」
愚痴るように言い捨てながら、カロンとクリンストンの元に一人の女性が歩み寄ってきた。
騎士団の服に身を包む、真っ赤に燃えるようなショートカットの女性。彼女は髪と同じく燃えるような赤い瞳でジズを鋭く睨み、その両手にはレイピアを構えていた。
彼女はそのまま二人の横を通り過ぎると、カロンたちを背にかばうようにジズと対峙する。そして、ジズから目を逸らさず、こちらに背を向けたまま叫んだ。
「少しでも遠くに逃げろ! ひたすら走れ!」
いつの間に来たのか。店の周りを何台もの馬車や騎兵たちが取り囲んでいた。馬車の荷台には、大きな大砲が乗っている。
赤髪の女性の合図とともに、大砲が一斉に火を噴いた。
その間を、カロンとクリンストンは手を取り合って、
店があった場所は、すっかり戦場のようになっていた。
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