第114話 悲劇のはじまり


 その日、店長はいやに上機嫌だった。

 なんでも、古代の遺跡を漁るハンターから買い取った遺物の中に、非常に珍しいものが混ざっていたのだそうだ。


 店の片隅で客が吐き戻したものをモップで掃除していたカロンにも、聞く気も無いのに彼らの会話が耳に飛び込んできた。

 店長のがなりたてるようなダミ声は嫌いなのに、カロンの優れた聴覚は嫌でも音を捕らえてしまう。酒が入れば入るほど声がでかくなるのでタチが悪い。


 店長の周りには、取り巻きの常連客たちが集まって、店長が中央のテーブルに広げた戦利品を興味津々に眺めていた。

 魔石や宝石、貴金属、なんらかの魔導具。そんなものが雑多に置かれた中に、見たことのないものが一つある。


 それはカロンの顔ほどの大きさがある卵形の石で、オパールのように虹色に輝いていた。

 よほど貴重なモノらしく、赤い小さなクッションの上にうやうやしく乗せられている。


「これだけの鮮やかな色艶。よほど貴重な魔獣が封じられているに違いないですね」


 取り巻き客の一人がそう感嘆の声をあげる。


「ええ。これほどのものは、見たことがありません。競りにかければ、いったいどれほどの値がつくことやら」


 別の常連客が相づちをうつ。それを店長は満足げに眺めていた。

 客と店長の会話から察するに、あれは魔獣を封印した魔石のようだ。


 といっても、魔獣を魔石に封印する技術自体は遙か昔に失われているとかで、封印されたのは数百年前とか千年前とかのことらしい。

 だとすると、現代では絶滅した魔獣が封印されている可能性もあって、それ故に高額で取引されるんだそうだ。


 しかも、魔石が虹色に光っている。

 これは非常に力の強い魔獣が封印されている現われだとかで、店長が鼻高々に自慢していた。


 もっとも封印を解く方法もわからないし、解いたところでそんな古代の魔獣なんて危険極まりないので、魔石のままで取引するのだという。なんか、持っているだけで自慢できるとか、強い幸運をひきつけるとか、そんな持ち主のプライドをくすぐるアイテムらしい。


「ドラゴン級のものかもしれませんね」

「絶滅したドラゴンだとしたら、どれほどの価値があるか。いやー、ロマンですね。これは王侯貴族の方々でも欲しがりますよ」


 そんなおべんちゃらに、店長はいたく満足げに腹を揺らして笑っている。


「そうなんだよ。実はバージナム帝国の伯爵家の方からも話がきていてね。今度、お会いすることになっとるんだ。今、いくらふっかけようかと思案してるとこでね」


 ほお、と感嘆の声が取り巻きから漏れる。

 そんなのを遠目に眺めながら床掃除をしていたカロンだったが、ようやく床は綺麗になった。モップをバケツに突っ込んで、疲れた腰を伸ばす。


 そのとき、近くのテーブル席で客の相手をしているクリンストンの姿が目に入った。

 傷薬を塗ってくれたあの日以来、彼とはちょくちょく話すようになった。


 たわいない会話を交わすくらいだったが、それでもただ死を待つだけだった日々が少しだけマシになった気がした。


 クリンストンを膝に乗せて酒をあおっていた客が、おもむろに立ちあがると彼の手を引いてこちらに歩いてきた。カロンの後ろには二階へ続く階段がある。上へいくつもりなのだろう。


 クリンストンはどちらかというとあどけない顔立ちをしているので、それなりに客から人気があるようだった。いままでのところ獣化したところは見たことがない。

 カロンはバケツの取っ手を持って横に逸れ、彼らに道を空けた。とりあえず、すれ違いざま心の中で頑張れ~と応援しておく。


 さて、モップを洗いに行こうかなと裏口に向かおうとしたときだった。

 突如、まばゆいばかりの閃光が店内を駆け抜ける。


(え……?)


 何が起こったのか、まるでわからない。

 それは店内にいた全ての人間がそうだったのだろう。


 一瞬遅れて、きゃーっという女たちの悲鳴が上がる。

 店内にいた客たちが、一斉に外への扉に向かって駆け出した。慌てた客がぶつかってテーブルがひっくりかえる。椅子が蹴散らされた。


 店の中央では、店長だけがただ呆然と目を見開いて立ち尽くしていた。

 彼の目の前には、あの魔獣が封印されたという卵形の魔石がある。


(……なんだ、あれ)


 その魔石が、クッションの上に鎮座したまま回転していた。


 きゅるるるるるるっる


 と、妙な音を立てながら、高速で回転し光を放っていたのだ。


「あ…あ……」


 店長は驚きのあまり固まっていたが、従業員の一人に引きづられるように卵形の魔石から離される。

 それととき同じくして、魔石の回転速度が遅くなり、ついには止まった。そして。


 ピリッ


 小さな音をたてて、卵のように魔石が割れた。

 そのヒビの間から、しゅるしゅるしゅると白いモノが吹き出してくる。


 それは、巨大な翼だった。器用に畳まれた、真っ白く、天井に届くほどの巨大な翼。

 羽根一枚一枚が、淡く光を帯びているようだった。


「なんだ、あれは! 何かの魔獣なのか!?」


 店長が叫ぶ声が聞こえる。


「わかりませんっ! こんな魔獣、見たことがない……」


 店長を引っ張っていった従業員が叫び返していた。

 窮屈そうに翼を折り曲げたソレは、幾重にも重なる翼を持つ純白の巨鳥だった。


 突然のことに驚いて逃げだそうとしていた人々も、その神々しい姿に惹きつけられて足を止める。

 カロンもただ立ち尽くし、吸い込まれるようにその魔獣を見ていた。

 目が離せなかった。


 黄色いクチバシと、赤い瞳。

 その目は酷く無機質に店内を見渡していた。ゆっくりとクチバシを動きだす。


『ワレヲ ねむりヨリサマシシハ お前ラカ』


 その魔獣は、抑揚のない声でそう喋った。

 ソプラノのように高く、にもかかわらず腹の底に響いてくるようなそんな声だった。


「お、お前は何モノだ! ドラゴンの一種か!?」


 店長が叫ぶ。


『ワレが ソンナモノ二 見えるトハ

 ヒトヨ 

 ますます オロカニナッタカ』


 巨鳥が窮屈そうに翼を広げて羽ばたきをひとつすると、それだけで店内に激しい風が起きる。


「きゃああああ!!!」

「うわあああ!!!」


 あちこちから悲鳴が上がった。つむじ風の真っ只中にいるように椅子や食器がまいあげられ、もみくちゃになりながら店内を飛び回った。

 カロンは頭を抱えて床にうずくまる。何かが背中に強く当たって思わず呻いたが、それが盾になって他の物の直撃を防いでくれた。


 どれくらい経っただろう。十分くらいはそうしていたのかもしれないし、ほんの一瞬だったのかもしれない。

 辺りを覆っていた風切り音が、ふいに止んだ。


 カロンはおそるおそる顔を上げる。自分の背中に乗り上げていたのは、従業員の男だった。死んでいるのか気絶しているのか、ぴくりとも動かない。

 それを押しのけると辺りを見回す。そして、驚きのあまり固まった。


 壁も天井も、完全に吹き飛んでなくなっていた。二階部分も完全に消え去って、砂埃が舞う黄色っぽい空がよく見えた。

 辺りにはくだけたテーブルや椅子、それに人間たちが、貴族も奴隷も関係なくもみくちゃになって転がっていた。あちこちでうめき声があがる。


 しかし、部屋の中央だった場所には、以前としてあの巨鳥がいた。

 いや、天井という枷がなくなったからだろうか。あきらかに先ほどより大きくなっている。


 小山ほどの大きさになった巨鳥は、伸びをするように羽を広げた。翼は全部で六枚ある。

 きっと神様が本当に存在したら、こんな姿をしているんじゃないか。

 その神々しくも禍々まがまがしい姿を見上げながら、カロンはなぜかそんなことを思っていた。


 巨鳥は伸ばした羽を再び畳み、周りの惨状をガラス玉のような目で眺める。


『われは ジズ 

 コノ 空ヲ 

 統べる モノナリ』


 惨劇はまだ、はじまったばかりだった。

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