第109話 結末
小舟は停泊していた水軍船のイカダに横付けされた。
そこから水軍兵たちの手を借りて、小舟に乗っていた者たちが救助される。
乗っていたのはタケトとカロン。それに、密猟者の男たち四人だ。
誰も一人として欠けることなく、島から脱出できたのだ。
それと、小舟にはもう一つ乗っていたものがある。
それは背負子にくくりつけられた大きな壺だった。壺には、同じ材質でできた蓋が取り付けられている。
その壺をタケトはカロンと協力し、背負子の部分を掴んで注意深くイカダに運び上げた。うっかり壺の部分を触ってしまうと、高温に「あつっ」となる。それほど壺表面の温度は上がっていた。
「よいしょっと。あー、つっかれたー」
船に壺を運び上げて、タケトは手を上にあげて伸びをした。
「なんとかこの船までたどり着けましたね」
と、カロン。
「ほんと。どうなることかと思ったよな」
疲れた笑みをカロンに向けたところで、先にイカダに乗っていたシャンテとブリジッタがこちらに寄ってきた。
数時間ぶりの再会に顔を綻ばせるタケトだったが、シャンテは能面のように無表情をしている。
もしかして怒らせちゃったかなと不安になったが、シャンテはタケトの前までくると何も言わずにタケトの胸にこつんとおでこをくっつけた。
「……え。ちょ、えええっ!?」
戸惑うタケト。しかしシャンテは離れようとはせず、タケトのシャツを両手で鷲づかみにして顔を埋めた。
「どうし……」
たの?と聞こうとして、タケトは途中で言葉を詰まらせる。
シャンテの肩が小刻みに震えていることに気付いたからだ。それとともに、しゃくりあげるような彼女のくぐもった声が聞こえてくる。
いつも明るく朗らかなシャンテが、自分の胸の中で泣いていた。
「……シャンテ?」
声をかけてみるが、シャンテはタケトのシャツを離してはくれない。タケトはどうしていいのか途方に暮れてカロンに助けを求める目を向けるが、カロンは二人の様子を見て黙って親指を立てた。あれは、たぶん、頑張れって言ってるんだろう。助け船を出してくれる気は微塵もなさそうだった。
もう本当に、どうしていいのかわからない。
「あの……ごめんな? シャンテ。俺、随分、心配かけたんだよな」
そりゃそうだよなと、自分でもそれはわかっていた。一時は本気で、死ぬかもと覚悟したのだ。
助かったのは奇跡のようなものだった。
まだしゃくりあげているシャンテの背中に、タケトは恐る恐る手を回す。シャンテの肩は小さくて、うっかり力を入れすぎると壊れてしまうんじゃないかと心配になるほどだった。
それでも少し力を入れて、かき抱くようにシャンテの身体を抱き寄せる。
シャンテが濡れた顔をあげて、驚いたような目でタケトを見上げた。こんなにくっついていると彼女の鼓動まで伝わってきそうなくらい。それほど、お互いを近くに感じた。
すぐ間近にあるシャンテの顔。タケトは少し照れながらも破顔する。
「心配してくれて、ありがとう。シャンテのとこに戻ってこれて良かった」
それを見て、シャンテの顔にもようやく笑顔が戻る。
「うんっ」
その美しい目元には大粒の光るものが浮かんでいた。
そんな喜びあう二人の横で、ブリジッタはカロンたちが持ち帰ってきた壺を興味深そうに眺める。
「何ですの、これ」
「ああ。触らないほうがいいですよ。酷く熱いですから」
カロンが壺の蓋を固定していた紐をとき、蓋を開けて見せる。
中には、真っ赤なものがぎっしりと詰まっていた。ひとつひとつがトカゲのような形をしている。大きいモノで三十センチほど。小さいモノだと手の平くらいのサイズのものもいる。ただその表皮はまるでマグマで作ったのかと思うほど赤黄色く発光しているので、一見して普通のトカゲではないことはわかった。
ただ一匹だけ、赤黒い色のトカゲも混じっていた。
「サラマンダー、ですの?」
ブリジッタの問いかけに、カロンは頷く。
「はい。なんとか回収には成功しました。死にかけましたけどね」
「一匹だけ違う色のも混じってるんですのね」
そのブリジッタの問いにタケトが答える。
「そいつ波打ちぎわまで逃げてきてて、海水かぶっちゃってたんだ。冷えて色変わってたんだけど、大丈夫かな」
タケトとシャンテはどちらからともなく身体を離す。我に返ってみると、こんなに人が沢山居るところで抱き合っていたのがちょっと気恥ずかしい。その照れくささを誤魔化すためにブリジッタたちの会話に混ざって、島で何があったのかを説明しはじめた。シャンテも一緒に話を聞いていたが、そのあともずっとタケトのシャツの裾を握ったままだった。
火砕流に襲われた、あのとき。
精霊銃から放った精霊たちの力をトン吉が増幅させ、上手く混ぜ合わせてタケトたちの周りに展開させた。そのため、それが即席のシェルターとなってタケトたちを火砕流の高温から守ってくれたのだ。
トン吉の話によると、あのときタケトの精霊銃に入っていた魔石は、火の精霊のものが一つと、風の精霊のものが二つ。それに水の精霊が一つと、土の精霊が一つだった。火の精霊はあの場では使いようがなかったためそのまま外に発散させ、風の精霊と土の精霊を混ぜたもので火砕流とタケトらの間に空間をつくった。さらにそこに水の精霊を混ぜ込んでその気化熱により火砕流による高温からの影響を軽減させたのだという。
「トン吉、そんなこともできるんですね。それにしても姿が見えないようですけれど。どこに行ったんですの? まさか、火砕流と一緒に吹き飛んだわけではないんでしょう?」
ブリジッタに聞かれ、タケトは「…うん」と弱く返す。
「力を使い果たしちゃったみたいでさ。銃の中に戻って、出てこないんだ」
「トンちゃん、いっぱい頑張ったんだね。……銃の中で倒れてたりしてないかな」
と、心配そうなシャンテ。
「なんとなく、ここにまだいるっていうのは感じるから大丈夫だとは思うけど。一応、予備で持ってた精霊の魔石を精霊銃の中に
それが明日なのか、一ヶ月後なのか。それとも何年も先なのかは、タケトにも皆目見当もつかなかったが。
「そんで、火砕流が去ったあと。気がついたら、さっきまで真っ暗だった周りがいつの間にか明るくなっててさ」
火砕流に襲われた後、どれくらい時間が経ったのかはわからなかったが、しばらくジッと
そのことで初めて、タケトたちは火砕流をやりすごすことができたのだとわかる。
しかし周りを見渡してみると、タケトたちのいる場所だけを切り取ったように残し、辺り一面が灰色の世界へと様変わりしていた。火砕流の通ったあと、すべてのものが灰に塗り替えられていたのだ。
まだ地表が余熱で熱かったため、少し冷めるのを待ってから山を下り、島の沿岸までたどりつくことができた。
「その途中で捕獲したのが、このサラマンダーたちです」
道すがら、タケトらは火砕流跡の灰の下からポコッと何かが顔を出すのに遭遇する。何かと思って近寄ってみると、二匹のサラマンダーだった。
どうやら火砕流から逃げようとして走り去ったサラマンダーたちが、逃げ切れずに火砕流に飲み込まれて灰の下に沈んでいたようだった。冷えた灰の中では体温が保てないらしく、地表に出て来たサラマンダーたちは表皮がどす赤黒い色へと変わっていて動くこともままならない様子だった。
念のために密猟者たちが持っていた壺に二匹とも入れてみると、壺の保温効果とお互いの体温で調子が戻ったのか、少し動きに活発さが戻った。
サラマンダーは沿岸付近のあちこちで灰から出て縮こまっていたので、密猟者の男たちと手分けして回収して回った。それで水軍船に戻ってくるまでに時間がかかってしまったのだった。
壺の中に入れられたサラマンダーたちは、その数が増えれば増えるほど、お互いの発する熱で温め合うのか、鮮やかな色を取り戻していった。
「せっかく健康的な色になったのに、冷めちゃうといけないので蓋はしめておきますね」
カロンは壺の蓋を閉めると、元のように紐でしっかりと蓋を固定する。
「そのあとはレイキが言ったとおり、無事な島の反対側に逃げようかとも考えたんですが、島の端まで来てみると幸運にもそこの密猟者たちが乗ってきた小舟が無事なまま残っていました」
そこで、その小舟で沖に見える水軍船までオールで漕いで追いついてきたというわけだった。
「小舟に乗るときにさ。崖にしがみついてるサラマンダーを見つけたんだけど、そいつは海水をかぶっちゃったらしくて、まだ色が戻らないんだよな」
タケトは心配そうに呟く。火砕流のあと、沿岸部を中心に手分けして調べたので、火口の外に出てしまったサラマンダーはほとんど回収できたんではないかと思う。
火山活動が収まって再び火口に近づけるまでになったら、火口にあるマグマ溜まりにサラマンダーたちを戻しに行こうと考えている。
できることなら、回収したサラマンダーは全部、無事に元の住処に戻してやりたい。
「クリンストンなら、きっと治してくれるよ。クリンストン、魔獣のことなら何でも知ってるもん」
シャンテにそう励まされ、タケトは大きく頷いた。
「そうだな」
こうして、サラマンダーの救出は無事終了した。
しかし、本来の任務であったレイキ保護は叶わなかった。レイキは依然、行方不明のまま。倒壊した洞窟も今は灰の下に埋もれている。
レイキがあの後どうなったのか確認できないのは心残りだったが、まだ新たな火砕流の発生の可能性もあった。そのため、火山活動が終息するまでは島への再上陸は危険と判断し、後ろ髪引かれる気持ちのままタケトたちは王都への帰路についた。
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