第103話 大噴火


 洞窟から出ると、外で待っていたシャンテたちがタケトの無事な姿を見てホッと表情を緩めた。みな、心配してくれていたのだろう。


 彼らの元に行こうとしたそのとき、土砂崩れでもしたかのような大きな音と振動に襲われて倒れ込みそうになる。


「ひゃっ……」


 振り返ると、洞窟の入り口が完全に崩れ落ち潰れていた。


「……危ないところでしたわね」


 ブリジッタが色白の顔をさらに青ざめさせる。その言葉にタケトも小さく頷いた。

 きっと、自分が洞窟の外へ出るまで、レイキが洞窟の入り口の崩壊を防いでいてくれていたのだろう。おそらく自然に任せていたらここはとっくに崩壊していたにちがいない。


「レイキと話がついたんですね」


 そう言ってくるカロンに、今度は大きく頷いてみせた。


「うん。話がついたっていうか、託されたっていうか。……ちょっとみんな、耳貸してほしいんだけど」


 タケトはレイキから聞いた話を全て、カロンたちに話して聞かせる。どうやったって、カロンたちの協力なくしてできることじゃなかったから。

 レイキの言葉をそのままカロンたちに伝えた。


「そんなことが……」


 カロンがそう言葉を漏らしたところで、いままでにない大きな揺れがタケトたちを襲った。あまりの揺れの大きさに立っていることすらできず、みんな地面に座り込む。


「あ、あれ……!」


 誰かが悲痛な叫び声をあげた。自然とみなの視線が、吸い寄せられるように一点に集まる。


 タウロス山の山頂。

 まるで早回しをしているように、噴煙の登る速さが増していた。

 そして。


「っ……」


 一瞬、辺りが無音になる。耳がおかしくなったのかと思ったが、後で考えるとアレは衝撃波だったようだ。わずかに遅れて、全身にぶつかってくる空気の塊のような衝撃と、ドンという破裂音が響き渡る。


 何が起こったのかわからずとりあえず山頂に視線を戻すと、火口から噴煙とともに真っ赤なものが吹き出していた。まるで血しぶきのようだ。


 溶岩流。山の内部に溜まっていたマグマ溜まりが吹き出し、あふれ出していた。

 ついに、大噴火が起きてしまったのだ。


 流れ出た大量の溶岩は、山頂から斜面に沿って下へ下へと広がっていく。

 地質によるのだろうが、溶岩流の速さは想像以上だった。水の流れよりは遅いが、どろどろとしながらも着実に島を覆おうと触手を伸ばしていた。


「こんな魔界みたいになった山で、サラマンダーを探し出せ、ですって? よくも無茶を言ってくれたものですわね」


 そう呟くブリジッタの気持ちは痛いほどよくわかる。タケトだって、一刻も早くこんなこの世のモノとも思えない場所からは逃げ出したい。


「このあと、どうするの?」

「どうもこうもないですけれど。……レイキもサラマンダーも保護できないとなると、ワラワたちが来た意味はなくなってしまいますわね」


 なんてブリジッタとシャンテが話しているところに、双眼鏡で山頂を見ていたカロンがリュックにそれを仕舞いながら会話に混ざる。


「タケトは生き物のために死ねるなら本望かもしれませんが、僕はまっぴらゴメンですね」


「え、ちょ……俺をなんだと思ってんの!? 俺だって溶岩に生きたまま溶かされるとか嫌に決まってんだろ」


 なんかもう目の前の光景が現実離れしすぎていて、頭がついていかない。

 でも、ここでパニックになるわけにもいかないから、軽口で気持ちを整える。他のみんなも同じようなものだろう。


 タケトは精霊銃をホルスターから抜いた。今回はまだ一度も使っていないので、シリンダーの中の魔石はフル充填されている。

 その肩に、カバンから出て来たトン吉がピョンと飛び乗った。


「トン吉……」


 トン吉はいつもの憎まれ口を叩くこともなく、タケトの肩の上でじっとうずくまるようにしがみついている。怖いのか、その小さく丸っこい身体が小刻みに震えていた。


 トン吉を一撫でしてから、四人で簡潔にこれからの行動と各々おのおのの役割をお互いに確認しあった。

 細かい打ち合わせをしている暇はない。


 ブリジッタとシャンテは港側へ、タケトとカロンはサラマンダーの保護のために溶岩の方へ向かうことになる。

 そして最後に、うなずき合った。


「よしっ。じゃあ、船で落ち合おうぜ」

「うんっ。タケトとカロンも、くれぐれも無茶しないでね」

「現時点で、すでに充分、無茶ともいえますけどね」

「無駄口叩いてる暇もなさそうですわよ」


 それぞれが持ち場に向かって駆け出した。






「早く! こちらです!」


 水軍兵たちに呼ばれてブリジッタとシャンテは、馬を繋いである場所まで走った。途中、シャンテは立ち止まって振り返ってみるが、既にシャンテたちと逆方向に登っていったはずのタケトたちの姿は見えなかった。


(どうか。無事でいて……)


 心の中で何度も祈る。


「ほら。シャンテ! 早く!」


 ブリジッタに言われて、ハッと我に返った。目の前に水軍兵の乗る馬。その後ろにブリジッタが乗っていて、こちらに手を伸ばしている。シャンテはすぐにその手を取ると、馬の後ろに乗り込んだ。


 さすが軍用されている馬だけあって、この自然災害の最中にあっても取り乱した様子はなく、しっかり水軍兵の指示に従っている。

 現場に残っていた数人の水軍兵たちとともに、火山の裾野を回って港へと向かった。


 火口から吹き出した噴煙であたりは薄暗い。

 その薄闇の中に不気味に胎動しながらそびえ立つタウロス山。

 火口からあふれ出した赤黒い溶岩が鈍く光りながら幾筋にもなって山を流れ落ちてくる。まるで、この世の終わりのような風景だった。


 このどこかにタケトたちがいると思うと、ぎゅっと胸の奥を鷲づかみにされたような重い痛みが襲ってくる。


(大丈夫、だよね。タケトとカロンだもん。きっと大丈夫……)


 いままで幾度となくピンチを脱してきた彼らだもの。きっと大丈夫。そう心に言い聞かせる。

 それなのに、さっき別れたばかりの彼らの顔を見たくて仕方なくなってくる。


(ううん。私が弱気になってちゃダメだよ。私も、自分のやることを果たさなきゃ)


 しばらくして、港が見えてきた。

 既に二艘は港を発ち、島から少し離れたところで停泊している。港に残っているのは、シャンテたちが乗ってきたイカダ付きの一艘のみとなっていた。


 その最後の一艘に繋がる桟橋に人が殺到している。先ほど、シャンテたちが港を経ったときほどではないが、まだ百人ほどが港に残っていた。


(あの人たちは、乗り切れなかった人たちだ)


 シャンテたちは馬を下りると、馬は水軍兵に任せて桟橋へと近づく。

 そこら中、怒号や泣き声で溢れていた。


 みな我先に船に乗り込もうとしているようだった。しかし、船はもう定員いっぱいになっている。船に乗せまいとする水軍の船員たちと、なんとかして乗せてもらおうとする島民で大混雑だった。

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