第102話 我はこの地を守るモノ


 我はこの地を守るモノ。よって、この地を離れるわけにはいかぬ。

 そう、レイキは言っていた。

 大きな黒い瞳が、じっとタケトを見ている。

 その目に揺らぎはなかった。


「でも……この地を守るって言ったって。ここはもうすぐ生き物の住めない場所になるかもしれないんですよ! それの、何を守るって言うんだ!」


 タケトの言葉にも、レイキは何ら動じた様子を見せない。

 しかし、この洞窟だっていつ崩れるかわからないのだ。


「タケト。ワラワたちも避難しますわよ!」


 ブリジッタの声が背中から聞こえてきた。


「先に出てて! 俺は、もう少しだけ!」

「先に行っています。タケトもすぐ来てください!」


 振り返ると、カロンがブリジッタとシャンテを両脇に抱えていた。あれなら、すぐに洞窟を脱出できるだろう。

 いくつもの足音が重なり、遠ざかっていく。


 水軍兵たちも避難してしまい、この洞窟の中に残っているのはタケトとレイキだけになった。

 誰もいなくなった洞窟で、レイキに向き合う。


「レイキ、行こう。まだ、今なら間に合う」


『ニンゲンヨ ナゼ ワレヲタスケル』


 レイキの言葉は、この逼迫した場にあってとても落ち着き払っていた。


「なぜって……言われても」


 直球でそう問われても困ってしまう。それが自分に課せられた仕事だから、といってしまえばそれもそうなのだが。


『ワレガ ヒトノヤクニタツ ソンザイダカラカ』


 レイキは良質の魔石を生む。だから、王国としても何を優先してでもレイキを助けたい。でも、それだけかっていうと、タケトはこの期に及んで悩んでしまう。


 どうして、助ける?

 価値があるから? だから、助ける?


 いや、そんなこと。少なくともこの期に及んで自分はいまのいままで考えてはいなかった。


「王国としては、そうです。でも、俺としては……」


 仕事のことだけで考えるなら、ここまでする必要は無いはずだ。

 レイキに断られた時点で諦めたしても、課せられた職務を一応こなしたことにはなるだろう。

 それなのに、こうやって最後までココに残って説得しようとしているのは。


「あんたを助けたいからです。あんたは俺の目の前にいて。俺にはあんたを助ける手段があって。いまなら、まだ助けられるからです! そこに、あんた自身が価値があるかどうかなんて、俺には関係ない」


 今の自分の気持ちとして一番すんなり納得できる答えを心の内からすくい上げて、何の虚飾もないまま伝える。何もかも見通すかのようなレイキの瞳の前で、あれこれ耳障りの良い言葉を並べたところで意味は無いと思ったからだ。


 タケトの言葉を聞いて、レイキの目がスッと細くなったような気がした。


『デハ ホカノイキモノハ タスケヌノカ

 コノシマノ ワレト ヒトイガイハ ミステルノカ』


「え……」


 レイキが再度問いかけてきた。

 予想外の質問に、タケトは焦る。


 他の生き物。

 そうだ。確かにこの島には、他にも多くの生き物が生息している。

 人と、魔獣レイキだけじゃない。鳥も、トカゲも、ウサギやシカもやアリなど他にも沢山の生き物がいる。それらも、火山が大噴火して溶岩が島を埋め尽くせば死滅してしまう。


 それらを見捨てるのか? 命の重さに違いなんてあるのか?

 そんなの……。


「助けられるんなら、助けたいに決まってるだろ!?」


 タケトは叫んだ。

 助けられるなら、助けたい。すべての生き物を。

 でも、船の積載許容量は限られている。それを越える量を乗せれば、沈没してしまう。


「助けたいけど船は限られてるから、俺は人間とお前を優先せざるをえないんだよ!」


 タケトの声が洞窟の中に響く。


 誰を助けるのか。どこまで助けるのか。それを優先度に応じて選別することをトリアージというが、こういった非常事態にはどうしてもついてまわる。しかしだからといって、不平等になるから何も助けないというのもまた違うとタケトは思うのだ。


 全てを助けることができないのなら、せめて目の前に居る存在、手の届く存在くらいは助けたい。


 しばらくの沈黙の後、レイキはフッと笑ったように見えた。

 その笑みが何を意味するのかわからない。尋ねようとしたところでタケトのカバンの蓋がピョンと開き、中からトン吉が飛びだしてきた。


「え、あれ? トン吉?」

「ご主人。早く行くです!」

「え……でも、だってまだレイキが……」

「ご主人には、わかんないでありますか!? この魔獣は、ずっとこの山の荒ぶる大地を鎮めて、抑え込もうとしてるでありますよ!!」


 トン吉が地団駄を踏むように、バタバタと足を踏みならした。


「いや、ちょ……俺、魔獣じゃないからそんなことわかんないけど。……え、そうなの?」


 きょとんと、目の前のトン吉とその奥のレイキを見比べる。


「吾輩にはわかるです! でも、あまりに大地の力が強すぎて、抑え込めるものじゃないであります! いまはこの洞窟の崩壊もこの魔獣が抑え込んでるですが、崩れるのは時間の問題であります!」


 そうやってワーワー叫ぶトン吉を見て、レイキがホゥと小さく息を吐いた。


『オヌシハ……ソウカ……』


 トン吉を眺めるレイキの視線が、どこか懐かしいモノを見るような目をしているようにタケトには思えた。しかし、すぐにレイキはタケトに視線を戻してしまう。


『ハヤクユケ ニンゲンヨ

 ワレノチカラハ ダイチノ アラブリヲ 

 シマノハンブンニ トドメルノガ ゲンカイダ』


「島の……半分?」


『イキモノタチヲ ソチラニウツス

 シカシ ヒトノイルガワハ マモレヌ

 ヒトト ソチラニイルイキモノヲ オマエニ タクス』


「え? ちょっ……」


 なんか勝手に託されてしまった。


『ナガレデル サラマンダーヲ ツレテイケ』


「サラマンダー?」


 どういうことか聞き直す。しかし、時間が無いのだろう。レイキはタケトの言葉には構わず話を続けた。


『サラマンダーハ マグマダマリニスム

 シカシ マグマノ フキアガリトトモニ

 イクヒキカハ ナガレダシテシマウ

 ソレラハ マグマガ ヒエレバ

 イキラレヌ

 マエノ ダイフンカデモ ソレデオオクシンダ 

 ソレラヲ スクッテホシイ』


「わかったであります!」


 トン吉が、勝手に了承してしまう。いつの間にか話がついてしまったようだ。


「あああ、もう。訳分かんねぇけど、とりあえず、あんたは自分の意思でここを離れないし、他の生き物を助けるためにここを離れるわけにはいかない、ってことだよな?」


 タケトの問いに、レイキはもう一度笑ったように見えた。

 それだけで充分だった。


 レイキは自分の身を挺してでも他の生き物を助けようとしている。トリアージしたところで、助けられる範囲は現場の人間の努力で広げることもできる。力強い協力者がいればなおさらだ。それなら自分もできる限りのことをやってみよう。

 タケトはトン吉を抱き上げると、


「船で運べるだけ人も生き物も運んだら、もう一度アンタをここに迎えに来るから。そのときまで、絶対無事でいろよ」


 レイキにそう言い残すと、レイキに背を向けて洞窟の出口へと向かう。


 一瞬。


『ソウカ……オマエハ ヒトトイルコトヲ エランダノダナ』


 そんな声が聞こえて立ち止まりそうになったが、それと同時に洞窟内の青白い光がグッと強さを増した。青い光が、力強く洞窟の中を照らす。眩しいほどだ。あまりの眩しさに目を閉じそうになったとき、入り口の方から声をかけられた。


「早く!」


 水軍兵の一人が、洞窟の通路で松明を持ってタケトを待ってくれていた。彼に先導されて、ともに洞窟の外へと走り出る。


(どうか……無事でいてくれ。レイキ……)


 そう心の中で祈りながら、狭い洞窟の通路を外の明り目指して走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る