第99話 希少魔獣を探せ


「とにかく。僕たちの任務は当初どおり。希少魔獣レイキを探し出して、保護することです」


 カロンの言葉に、グラッパ船長も同意する。


「ああ、そっちはお宅らに任せるよ。俺は、いつでも船を出せるように準備しとくから。見つけて乗り込ませたら、すぐに島を発つ。いいな」


「はい。できるだけ早く増援を送ってもらえるように、王宮には伝えておきます。ただ、運良く船がすぐに手配できたとしても、ここに来るまでに数日はかかるでしょう」


「ああ。それでも、何も望みがないよりはマシだ。噴火も、これからどうなるかわかんねぇしな」


 そう忌々しげに呟きながら船長が山の頂上を仰ぎ見る。

 そこにいままでで一番大きな揺れが襲ってきた。みんな、足を踏ん張って揺れに耐える。

 島に着いてからまださほど時間は経っていないのに、次第に揺れが大きくなりつつあるようだ。


「今回のタウロスは、いままでとなんか違う気がしてならねぇ。前は噴煙だけで済んだ。その前もだ。だけど今回は、比べものにならないくらい山の動きが激しいように思う」


 そして船長は視線をタケトとカロンに向けると、強い口調で急かした。


「急いでくれ。一刻も早く、その魔獣様とやらを連れてこい。大昔にゃ、流れ出た溶岩に島全土が覆われたこともあったそうだ。嫌な予感がする。もし溶岩が吹き出したら、海以外に逃げ場がないぞ。そうなったら、俺はお前らですら置いて逃げるからな」


 タケトとカロンも頷いて返す。

 一分でも、一秒でも早く、任務を終えて自分たちも避難しなければならない。

 カロンは小さな紙に手紙をしたためると、胸ポケットの中で寝ていた伝令コウモリを起こして、脚に付いている小さな筒に丸めて入れた。


「頼むよ」


 小さな背を優しく撫でてから空に解き放つ。伝令コウモリは元気に飛び立つと、空を何度かぐるっと大きく旋回したあと、海の向こうへと飛んでいった。






 希少魔獣レイキは十数年に一度、島内を移動して生息場所を変える。しかしその移動はすべて、逐一王国に報告されていた。その場所が記された地図を頼りに、タケトとカロンそれにブリジッタとシャンテの四人はタウロス山の裾野を歩いていく。ちなみに、不測の事態に備えて、カロンは既に獣化済だ。


 山は益々盛んに噴煙をあげ、地震は十分と間を開けず絶え間なく続いていた。

 タウロス山は島の大部分を占めている。人が住んでいるのは港の周辺のみだが、島に住む獣や島民たちの作った小道があちこちに走っていて、地図で確認しながらでないと違う場所に迷い込みそうだ。


 二股の分かれ道にきたので、一旦立ち止まってブリジッタが地図を開く。


「このあたりから山の方へ登る道があるはずなのですけれど」


 地図のことはブリジッタに任せて、タケトは水筒の水を少し口に含みながら海を眺めた。タケトたちはこの島で唯一人の住むエリアである港町から出発し、山の裾野をぐるっと四分の一ほど回るように歩いてきていた。


 この島の周りは切り立った崖になっているため、船がつけるのはあの港町一帯しかない。崖の端まで行くと、海が一望できた。

 増援の船はまだ来る気配はない。


「早く、船。来ると良いね」


 隣でタケトと同じように海を眺めていたシャンテが、そう呟く。やっぱり思うことは同じようだ。


「そうだなぁ。偶然通りがかった船でもいいから、来てくれないかな」


 と、そのとき、シャンテがタケトのシャツの袖を引っ張って、崖の下を指さした。


「ねぇ。タケト。あれ、何かな」

「え?」


 シャンテが指さす方に視線を向ける。少し離れた崖の向こうに、ちらちらと茶色いモノが見えた。打ち付けてくる波に煽られながら一定の場所に留まり続けるソレ。


「なんだ、あれ。船?」


 ボートのような小舟が、隠れるように崖の影に停泊してあった。なぜ、こんな場所に船が? この辺りはどこも切り立った崖のようになっていて上陸には適さない。


 一瞬、波に流されてあそこにたどり着いたのかとも思ったが、波の満ち引きにもかかわらず常に一定の場所にあるのを考えると、ロープかイカリのようなものであの場所に固定されているように思う。


「ちょっと、ここで待ってて!」


 タケトはシャンテに断ると、崖に沿って足を滑らせないように気をつけながら駆け出した。


「あ、どこいくんですか!」


 カロンの声が後ろから聞こえてきた。


「ごめん! ちょっと一瞬だけ! すぐ戻るから!」


 そう断って、小舟が停泊している崖の真上までいく。

 なんだか、嫌な予感がした。確信はなかったが、見逃してはいけないもののように感じる。


「たぶん……きっと……あ、あった。やっぱりだ」


 予想通りのものを見つけた。崖にクサビが穿たれ、ロープが垂れ下がっているのが見える。ロープの先はあの小舟まで届いていた。


 港から離れた位置に隠すように停められた小舟。上陸困難な場所から、わざわざ上陸した跡。

 ロープはまだ真新しいもののようだ。ということは、何者かがここから上陸したのは、つい最近のこと。舟があそこにあるということは、その何者かはまだこの島にいる。


「どうしたんですか?」


 心配して追いかけてきたカロンに、タケトは無言で足下に垂れたロープと、その先に見える小舟を指さした。それだけで、カロンも事態を察したようだ。


「これは……」

「いま、この緊急事態に島から出ないで残っているヤツらって。目的はなんだと思う?」


 タケトの問いに、カロンは顎に手を当ててフムと考える。


「火事場泥棒、でしょうね。文字通り」

「いったいこの島で何を盗むって言うんだろうな?」


「……それだけの危険を冒す価値のあるものとしたら。まさかレイキをあの小舟で運べるとは考えていないでしょうから……人が居なくなった後に採掘途中の魔石を狙ったんでしょうか。にしても、あの船では大した量は運び出せない……となると」


 カロンはハッと何かに気付いたように振り返った。タウロス山を見上げる。


「もしかして、侵入者たちは火口に向かったのかも知れません」

「火口?」


 思いがけない返答に、タケトは首を傾げるが、カロンは大きく頷く。


「ええ。火山の火口にあるマグマだまりには、サラマンダーが住んでいます。普段はマグマだまりの中に沈んでいるので誰も手出しは出来ませんが。万が一、この噴火によりかつてのように溶岩が噴き出してくれば、中に居るサラマンダーたちも流されて出てくるかも知れません」


「それを、狙ってるって……?」


「ええ。サラマンダーは、こういうときでないと捕まえることができません。そのため、裏市場では非常に高価で取引されると聞きます。それを狙うヤツらにとっては、いまは滅多にないチャンスでしょう」


「……それ、思いっきり俺らの仕事の範疇はんちゅうじゃない?」


「そうなりますね。ただ、今回の我々の最優先はレイキです。まずはそちらの保護を第一に考えましょう」


「そう……だな」


 なんだか、厄介なことになりそうな予感がした。

 山は今も、不気味に鳴動を続けていた。

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