第98話 緊迫した事態


 船で丸二日経って、三日目の午前中。

 いよいよ目的の島が見えてきた。


「うわぁ。思ったよりデカイ島なんだな」


 船頭の甲板からタケトが叫ぶ。


 タウロス島はほぼ円形に近い形をした島だ。

 そのほぼ真ん中に高さ二千メートルほどの山がそびえる。これが今回、噴火を始めたというタウロス山だった。


 タウロス山は数十年おきに激しい噴火を繰り返す活火山で、そのたびに全島民は避難を繰り返していた。


 タケトなどはそんな危ない場所に住まなきゃいいじゃないかとも思うのだが、ここは遠洋への中継地点として、また精霊を使う際に用いる魔石が採掘される島として産業的にも大変重要な島なんだそうだ。


 盛んに活動を続けるタウロス山は、今現在、頂上にある火口からモクモクと真っ黒い噴煙を大量に吹き上げている。

 次々と生まれてくる噴煙は、まるでそれ自身が大きな生き物のようにも見えた。


「今回の噴火は、いままでにないくらい大規模だな」


 近くにいたグラッパ船長が、山を見ながら表情を強ばらせる。


「住民の避難が間に合えばいいんだが……」

「住民たちが避難するための船は、もう先に着いてるんですよね?」


 タケトの問いに、船長は躊躇いがちに頷く。


「その、はずなんだが……」


 船は島の周りをぐるっと半周して、この島唯一の港へと到着した。

 その港にはガレオン船が二艘停泊している。桟橋には既に多くの人が集まっていて、船への乗り込みを開始しているようだった。


 へぇ、この様子なら問題なく全島避難も終えられるんじゃないか?と思ったタケトだったが、船長は違ったようだ。

 ヒュッと息を飲むのが聞こえたかと思うと、


「なんだって……おい! なんで二艘しか来てねぇんだ!」


 逼迫した声で叫んだ。

 その声に甲板で着港作業に勤しんでいた水軍兵たちも手を止めるが、みな明確な答えを持っていないようで困惑した視線を交わし合う。


 船長も今の段階で正確な情報など手に入らないのは重々承知しているのだろう。

 ぶつぶつと独り言のように、焦りの滲む言葉を呟いた。


「どういうことなんだ。あれだけじゃ、全部の島民乗らないんじゃねぇのか?」






 その後、船が港につくと船長とタケトとカロンの三人はすぐに船を降り、先に島に着いていた水軍関係者と島民の代表から話を聞いた。


 彼らの話によると、やはりグラッパが言ったとおり船が足りないようだった。

 現在、島にいる人間の数は千人ちょっと。

 それに対して、ここにあるガレオン船はどの船も三百人乗せるのが精一杯。それ以上積み込むと、転覆の可能性が高くなる。

 となると、どうしても百人以上乗れない人が出てくる計算だ。


 当初、島民避難用にフィリシア及びその近隣にある水軍基地から出航したガレオン船は三艘あった。

 それに希少魔獣レイキの保護のため少し遅れて出向したタケトたちの船もあわせると、島に来る予定の船は全部で四艘。


 王立水軍にも民間の大型船にも今は他に空きがなく、それがすぐに島に迎うことができる最大数だったのだが、島民全て乗せてもまだ余裕はかなりあるはずだった。


 しかし、先に出た三艘は途中で天候が悪化した際に船団が離ればなれになってしまう。無事に島へと辿り着いたのは二艘だけで、もう一艘は行方知れずになっていた。故障でもしてどこか他の港に緊急寄港しているのかもしれないが、現時点では何もわからない。


「まいったなぁ……今回の噴火はかなりヤバそうだ」

「一旦、近くの島に住民を下ろしてもう一度この島に戻ってくるか?」

「それにしたって、丸二日はかかっちまう。それまで噴火が待ってくれればいいが」


 船長たちと島民代表との話し合いは続いていたが、そんな風に悩んでいる間にも、水軍兵たちの指示で島民の乗り込み作業は続く。

 結論が出るまで待っている余裕はなかった。


 島に上陸して見上げるタウロス山は、とてつもなく大きい。今も大量の噴煙が生み出され、天に向かって広がり続けている。灰の一部がパラパラと降ってきては、島中にまんべんなく降りかかり、人々の頭や肩を灰色に変えていた。


 その上、頻繁に大地が揺れていた。不気味な鳴動。とてつもなく巨大な生き物の上に乗っかっているような、そんな心許ない気持ちにさせられる。


「なぁ。俺たちが乗ってきた船の、牽引けんいんしてるイカダさ。あそこに島民を乗せれば、一応全員避難できるんじゃねぇの?」


 こそっと隣にいるカロンにそう聞いてみたが、カロンは首を横に振る。


「今回、我々が保護すべき希少魔獣レイキは、とてつもなく大きく重い身体をしています。あのイカダですら、乗せるのが精一杯でしょう。ガレオン船の方に極限まで人を乗せたとしても、島民全てを乗せるには足りません」


 確かに自分たちの任務は魔獣保護だ。しかし、そのために島民を見捨てるというのも何か違う気がする。


 実は今回、急に入った任務だったので、魔獣図鑑で予習することができなかった。だから希少魔獣レイキっていうのがどういう魔獣なのか、タケトはよく知らない。知っているのは船の中でカロンから教えて貰った、とても大きな亀型の魔獣で数百年とも数千年とも言われる寿命を持つことと、世界的にも数頭しか存在が確認されていない極めて希少な魔獣だということくらいなものだ。


「じゃあ、どうすんの?」


 タケトの問いに、カロンはさらに声を潜めて応える。


「希少魔獣の価値は王国にとって最重要のものなんです。この島の主要産業が魔石の採掘にあることはご存じですよね」


「うん。それは船に乗ってる時に、カロンから聞いた」

「その魔石を生んでいるのが、希少魔獣レイキです。魔石の生成は他にもいくつかの方法がありますが、レイキの生む魔石は極めて質が高く、王国の貴重な資源になっています。つまり」


 ここからは小声で話すこともはばかられたのだろう。カロンはタケトの耳にこそっと耳打ちした。


「島民の命よりもレイキの保護を優先します。それで何人の島民が犠牲になったとしても。これは王宮の……王の判断です。ですが、くれぐれも島民には知られないようにしてください。知られたら……暴動が起きますよ。我々も無事では済まなくなる」


 タケトは言葉をなくす。

 その場にいる船長と島民の代表者の顔を見ると、みな一様に暗い顔で視線を俯かせた。それが余計に、それがこの場に居る彼らの中で決定事項なのだということを思い知らせてくる。


 自分たちは、命を選別する立場にいるのだ。

 今は大人しく水軍兵たちの指示に従って順序よく船に乗り込んでいる島民たちだったが、全員が乗れる訳ではないと知ったら一体どんな行動に出るだろう。

 そんな事態にならないことを祈るばかりだった。

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