第100話 いにしえの希少魔獣レイキ


 小舟が見えた辺りからしばらく道なりに昇っていくと、タウロス山の三合目付近に小さな小屋が見えてきた。その小屋の傍にいくつかの人影が見える。船員たちと同じ制服を着ている、王立水軍の兵たちだ。


 彼らは心配そうにタウロス山を見上げていたが、山を登ってくるタケトたちに気付いて一人が急いでこちらに降りてくる。


「お疲れ様です。魔獣密猟取締官事務所の者です。レイキの保護に来ました」


 先頭を歩いていたカロンが胸ポケットから『王の身代しんだい』を取り出して見せると、水軍兵の男は明らかにほっとしたような顔をした。


「ああ、待ってました。さぁ、早くこちらに」

「レイキの存在の確認は?」

「少し前に確認したときは、同じ場所におりました。ただ……」

「ただ……?」

「とにかく、来てください」


 何やら事情がありそうなことを濁しながら、男は先導するために先を昇っていく。その背中について歩きながら、タケトは気になっていたことを尋ねてみた。


「あのー。俺たちがここに来る前に、俺ら以外に見慣れないヤツ、誰か見ませんでしたか?」


 その言葉に男は足を止めて振り向くが、はてと首をひねる。


「いえ、特に見た記憶はありませんね。むしろ、いつもはもっとこの辺りも魔石採掘のために人手は多いんですが、現在は最小限の人間を残して港に避難させました。俺たちも一刻も早く避難したいんですが、レイキを置いていくわけにもいかず」


「そう、ですか……」


 彼らは島への侵入者を見ていないのだという。ということは、そいつらはやはりカロンの言うように魔石やレイキが目的なのではなく、迂回して火口へと向かったのだろうか。

 かなり自殺行為な気もするが、もしうまくサラマンダーを手に入れることができればそれだけの実入りが期待できるのだろう。


 そのサラマンダーっていうのをタケトも見てみたい気もちょこっとある。マグマの中に住むトカゲだなんて、こんな機会でもないと見るチャンスもない。だけど、そんな余裕なんてあるはずもないので、その好奇心は心の中に仕舞っておく。


 水軍兵の男は小屋の脇を抜け、さらに山を登っていった。頭上を覆う木々の小枝で鳥たちが盛んに鳴いている。島の異変に、鳥たちも慌てているのだろう。

 途中、タケトたちの目の前を数頭のシカが走り去って行った。


 着いたところは山の中腹にある洞窟。

 山の斜面にぽっかりと、がま口のように洞窟が口を開けていた。中は真っ暗で何も見えない。


 洞窟の入り口には篝火かがりびが焚かれており、水軍兵の男はそこから火を貰って松明たいまつを灯した。タケトも、自分のカバンからランタンを出して篝火から火をもらう。


 カバンの中ではトン吉が丸まっていたが、今日は外に出て来たがらない。というか、この島についてからずっと大人しい。初めはいつものように寝ているのかと思っていたが、そうではないようだ。地震が怖いのか、いつもはぴょこぴょこ動いている耳もペタッと張り付いたままカバンの底でじっとしている。


 水軍兵の男の松明を先頭に、タケトもランタンを掲げて洞窟の中へ一歩ずつ進む。中は地熱のせいか、むわっと暑かった。


 洞窟を歩く最中も、大地が鳴動するような地震は幾度となく襲ってきた。

 地震で洞窟が崩落でもしたら、みんな生き埋めになるだろう。それを考えると不安が募るばかりなので考えないようにしながら、先頭の松明についていった。


 洞窟に入ってしばらくすると、タケトはあることに気付く。ランタンなどの光が壁や天井を照らすと、ところどころ光を反射するものがあるのだ。近づいてよく見てみると、ごつごつした岩壁の間から質感の違うツヤっとしたモノがあちこちに顔を出していた。洞窟を進めば進むほど、その割合は多くなる。


 不思議に思って足を止め、指でその艶艶した岩に触れる。なんとなく、どこかで馴染みあるような……。

 と思っていたら、後ろを歩いていたブリジッタが教えてくれた。


「それ、魔石ですわよ」

「魔石?」

「ソチが腰につけているものにも、使われているのではなくって?」


 ブリジッタはタケトの腰に下がる精霊銃を指さした。


「……あ、これに使われてる魔石って、こういうとこで取れんの!?」

「ここだけではないですけど、この島は特に品質の良い魔石が取れることで有名なんですのよ。それも、レイキがここにいるおかげですわ」


 そういえば、前にカロンもそんなようなことを言ってたっけ。

 だからこそ、王国は島民よりも希少魔獣レイキの保護を優先するのだと言っていた。そのことにすんなり納得できるわけでもないが、かといってレイキも放っておきたいわけでもない。


 なんだかやるせないものを感じながらも、とにかくいまは自分の仕事に専念することに決めて、タケトは先を行く松明の光を見失わないようについていった。


 幸い、洞窟自体はそれほど深くはなかった。

 足下がよく見えないので慎重に進んできたため時間はかかってしまったが、長さにすると五十メートルもないだろう。


 行き止まりは天井が高くなっていて、ちょっとしたホールのようになっているのが声の反響具合でわかる。さらに、なぜかうっすらとホール全体が明るい。


「うわ。魔石が、光ってるんだ……」


 洞窟の天井にも、側面にも、地面にも。

 人間の背丈ほどもある大きな魔石の結晶がいたるところから生えていた。それらが、ぼわんと内側から青白く光っていた。

 松明やランタンの明りがなくても周囲を見渡せるほどの明るさだ。


 そして、ホールの奥にこんもりとした小山のようなものがあった。小山には一際沢山の魔石の結晶が生えている。


 その前へと水軍兵の男は歩み寄ると、右手をお腹にあてて頭を下げる。この国の敬礼の作法だ。


「レイキ様。迎えが来ました。どうか、我々と一緒に避難してください」


 そう男が声を張り上げるが、特に何の反応もない。

 見かねて、カロンも声をかける。水軍兵の男の隣で同じように敬礼をすると、すぐに頭をあげて小山と向かい合う。


「我々は王都から来ました、魔獣密猟取締官です。船のご用意はできています。アナタ様をお連れに参りました」


 カロンのよく通る声が洞窟内に木霊した。

 反響した声が徐々に小さくなり、消えてしまうと再び洞窟の中に静寂が戻る。


 そのまましばらく待っていると、正面の小山の一部がグググッと上に持ち上がった。一瞬、地震で小山が崩れたのかと焦ったが、よく見ると持ち上がった岩には二つの大きな黒い目がある。小山だと思っていたものは、巨大な亀だった。


 甲羅の上には、ごつごつと大きな魔石の結晶がびっしりとへばりついている。


(これが……希少魔獣、レイキ……)


 こんなデカイものを、はたしてあのイカダにのせられるのだろうか。

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