第94話 追跡

 市場に集う人たちの流れに逆らうように、タケトは走った。


「あ、そこの道を入るです!」


 カバンの中のトン吉は、大通りからはずれた細い路地を前脚で示した。

 この辺りは、貧民窟とも呼ばれる治安の良くない地域だ。

 通り過ぎる住民たちがいぶかしげな目でこちらを見てくるが、タケトは気にせずトン吉の指示通りに進む。


「お前、ケサランパサランを盗ってったやつ、どんなやつだったか覚えてるか?」

「アイツでありますよ。ご主人にわざとぶつかってきた人間の男」

「ああ、やっぱ、アイツなのか」


 なんとも不用心だったな、と内心反省する。いくらケサランパサランのモフモフさに心奪われていたとはいえ、周りへの注意をそこまで逸らしちゃダメだよな。今回はぶつかってケサランパサランを盗まれただけで済んだけれど、もし相手が刃物でももって襲ってくる相手だったらタダじゃ済まなかった。仕事柄、自分たちに逆恨みしているやつもいるかもしれないのだから、もうちょっと普段から周りに気をつけようと心改めながら路地を走る。


「あれ? だいぶ近づいてるでありますよ?」

「どっか建物にでも入ったのかな」

「いや……だったら匂いが薄くなるはずなんでありますが、もっとこう、その場に立ち止まっているような……あ、そこの路地を右に曲がってです!」

「気付かれて待ち伏せされてんのかな?」


 足を遅めてトン吉の指示通り慎重に右へと曲がったところで、タケトは足を止めた。


「へ?」


 視界が真っ白いものに覆われる。いや、いきなり路地を塞ぐ巨大な白いものが目の前に現れたのだ。


「なんだこれ?」


 この白いモフモフしたデカくて丸いもの。なんだか、見た覚えがあるけどと訝しげに近づくと、


「みゅっっ!!!!」


 と、それは一つ鳴いて、大きな二つの目でタケトを見た。


「お前……ケサランパサランか?」


 近づいて手で触れると、手がモフッと白い綿毛のような表面に埋まる。小さいケサランパサランと同じ感触だ。


「みゅっみゅっ!!!」


 嬉しそうにその巨大なケサランパサランは鳴くと、ほよよんと一メートルほど浮かびあがる。すると、ケサランパサランに踏まれて地面につっぷしているあの男が見えた。タケトにぶつかってきたあの男だ。


 ケサランパサランは、「みゅっみゅっ」となんだか得意げだ。僕が捕まえたんだよ、えらいでしょ、とでも言っているかのよう。

 タケトはしゃがみ込んで男の様子を見てみるが、「くそっ」とか小声で悪態着いているので特段怪我も何もしてはいないようだった。


「あーあ。ケサランパサランに嫌がられて、やり返えされたんだな。あの女の子が教えてくれたんだけどさ。ケサランパサランは気ままだから、気に入った相手には幸運を授けもするけど、意に沿わないことをすると不幸を呼ぶから無理に捕まえちゃダメなんだってさ」

「う、うるせ……ぐわっ」


 起き上がろうとした男の上に、ぼよんとケサランパサランが降りてきて再び踏まれてしまった。タケトも一緒に潰されないように距離をとる。


「ちなみに。お前のさらに運悪いところは、俺が魔獣密猟取締官だってことなんだよな。さすがにこのまま見逃すわけにもいかないから、ちょっとあとで話聞かせて貰おうか」


 男は巨大ケサランパサランの下に踏まれて頭だけ出ている状態。巨体にのし掛られて身動きできないようだ。だけど、「くそー!」とかなんとか元気な声で悪態ついている。見た目の大きさと違って、ケサランパサランはびっくりするほど軽いので、踏まれても窒息するということはなさそうだ。


「にしても」


 タケトは目の前の巨大な白いケサランパサランを見上げた。狭い路地とはいえ、そこを塞ぐ壁のようになっているケサランパサラン。高さは周りに建つ二階屋よりもさらに高い。


「すげぇなぁ。お前、こんなに大きくもなれるんだな」

「みゅう」


 タケトに褒められて、ケサランパサランは嬉しそうに鳴く。

 こんな巨大なモフモフしたもの、初めて見た。

 見上げていると、あの真っ白いフワフワに埋もれてみたくて仕方なくなってくる。


「あのさ。頼みたいことがあるんだけど」


 ゴクリと生唾を飲み込む。

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