第92話 幸運の白いモフモフ
そのケサランパサランは、パン屋の旦那さんたちの方へと水中をクラゲが泳ぐみたいにふわんふわん漂いながら向かう。そして、
「みゅ~~~」
と鳴きながら、パン屋のご夫婦の周りをぐるっと一周した。
「ん? なんだこれ」
ご夫婦は言い合いを止めて、不思議そうにしている。ケサランパサランは二人の周りを一周すると、そのまま風に流されるように旦那さんが開けたままにしていた勝手口から外へと出て行った。
その動きを目で追っていたタケトとシャンテも、ケサランパサランを追ってパン屋の裏手に回る。他のケサランパサランたちは、タケトの肩や頭の上にくっついたまま。一番大きなヤツはくっつかれると邪魔なので、シャンテが抱っこしてくれた。
「あれ? どこいった?」
しかし裏手に回ってもあのケサランパサランの姿が見えない。大きさを自在に変えられるらしいので、もしかして小さくなって見つけにくくなっちゃったのか? と路地に目を凝らすものの何もみつからない。
そうしたら、シャンテがつんつんとタケトの服を引っ張ってきた。
「タケト。あれ」
シャンテが指さす方に目を向けると、あのケサランパサランが空中を泳いでパン屋の屋根へと向かっているところだった。
一瞬、風に吹かれて舞い上がったのかとも思ったが、よく見ると空中に止まってはちょっと進み、また止まっては進みしているので、どうやら自分の意思で動いているようだ。
そのケサランパサランは屋根まで行くと、さらにその上に伸びる煙突をゆっくり周りながら登っていった。あの煙突は、パン焼き用の石窯から伸びているヤツだ。
「何やってんだろうな」
「煙突が気になるのかな……?」
しばらくそのケサランパサランを眺めていたが、いつの間にかテッペン辺りで見失う。
「あれ? どこいったんだ?」
と目で探していたら、煙突の中からポスッと黒い塊が出て来た。
その煤けた塊は舞い落ちる木の葉のようにふわりと降りてくると、タケトの手の平の上にとまる。煤けて真っ黒くなったケサランパサランだった。
「お前、煙突の中に何しに行ったんだよ」
なんかこういうの、子どもの頃見た映画アニメであったよな。まっくろくろなやつ。少し懐かしい気分にもなる。あの映画に影響受けて、家のクローゼットの中とか冷蔵庫の下とか探してみたけど、何もみつからなかったんだよね。まさか、大人になってからこんな風に似たものに出会うなんて思わなかった。
指で摘まんでフルフル振ると、ついていた煤が落ちて、また真っ白い綿毛みたいな毛に戻った。
パン屋の奥さんも、エプロンで手を拭きながらタケトの手の平の上で跳ねるケサランパサランを覗き込む。
「やぁ。さっきは何かと驚いたが、よく見たらケサランパサランじゃないか。めずらしい。あんたらが連れてきたのかい?」
奥さんに聞かれ、タケトは頷く。
「はい。森の中で、くっつかれちゃって」
「探しても見つからないけど、気がつくと服にくっついてたりするからね。私も子どものとき、よく探して遊んだよ。見つからなかったけど」
この世界でのケサランパサランは、なんだか四つ葉のクローバー的な存在のようだ。運が良ければ、誰でも出会うことが出来る。でも、探したからといってすぐに見つかるものでもない、幸運のアイテム。
「にしても、いっぱい連れてるね。そんな団体さん、はじめてみた。きっと、良いことあるよ」
そう言って奥さんは笑いながら、シャンテが抱っこしている大きなケサランパサランを撫でた。撫でられたケサランパサランは、「みゅ?」と目をぱちくりさせる。
と、そんな雑談をしていたら、突如パン屋の室内から、ドサドサドサと何かが大量に落ちるような音がしてきた。ついで、開いたままになっていた勝手口から、もわんと黒いモヤのようなものが出てくる。
「ちょ……あんた! どうしたんだい!?」
驚いた奥さんがパン屋の中にいる旦那さんに声をかけるのと、勝手口から旦那さんが駆け出してきたのは同時だった。
旦那さんの全身、真っ黒だ。
「げほっ、げほっ」
「大丈夫かい?」
奥さんにエプロンで顔を拭いてもらって、なんとか黒い物を落としながら、旦那さんはやれやれと手で
「参ったよ。窯を覗いていたら、急に
旦那さんの全身についた黒いものは煙突の煤のようだ。どうやら、煙突に溜まっていた煤がズルッと一気に落ちてきたらしい。
「でも、これだけ煤が出たんなら、煙突掃除を頼む必要もなくなったんじゃないかい?」
そう奥さんに言われて、弱った顔をしてた旦那さんの顔がハッと輝く。
「たしかにそうだな。ちょっくら掃除が面倒だが、掃除が終わり次第またパンが焼けそうだ。こりゃ、こうしてられない。早く掃除しなきゃ」
旦那さんはばたばたと急いで勝手口からパン屋の中へと戻っていった。
その旦那さんの背中を眺めながら、奥さんはやれやれと笑う。
「なんとも運のいいことだが、助かったよ。この調子なら今晩の夕飯用のパンには間に合いそうだね」
奥さんは旦那さんを追いかけて勝手口へと戻っていこうとしたが、途中ではたと足を止めて煙突を見上げる。
「もしかして。さっきのケセランパサランが何かしてくれたんだろうかね」
当のケサランパサランは、「みゅっ」と一声満足げに鳴くと、あとは目を閉じて動かなくなった。
じっとしているとどこに目があったのかもわからない綿毛か羽毛の塊のような塊。指で突っついてみるが、全く反応はない。なんとも不思議で気ままな生き物だ。
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