第91話 パン屋さんちのトラブル

 なんとかケサランパサランたちをなだめてウルの尻尾に戻ってもらうと、タケトたちもウルに乗って王都へと戻った。


 一旦家に帰って、いつもの裏庭でウルから降りる。さすがに、街中をこの大きなウルで移動することは緊急事態以外は避けたい。


「さてと。パン屋さん行ってくるから、お前らもここで留守番しててな。どっかに行っていなくなってもいいけど、そしたら小麦粉はお預けだな」


 そんなことをタケトが言うものだから、ケサランパサランたちは慌てたようにウルの尻尾から離れてタケトの身体中にくっついた。


「わわっ……お前たち、どうやってくっついてんだ? これ」


 吸盤があるわけでも手足があるわけでもないのに、ピタッとくっついてくるケサランパサラン。手で掴んで離せば、なんの抵抗もなくスッと離れるのに、手を離すとほわんほわんと空中を漂ってまたタケトにくっついてくる。あえていうなら、静電気で羽根がくっついているような感じに似ている。


 ケサランパサランまみれのタケトを見て、シャンテがくすくすと笑った。


「タケト、真っ白で雪男みたいになってるよ?」


 そう言われても、あんまり嬉しくない。というか、雪男なんているのか、この世界。それは魔獣なの? 人間なの? どっちなの? と気になったけれど、今問題なのはそういうことじゃない。


「えー。どうしよう、これじゃ街中に行けないよ。パン屋にも行けないな」


 そう嘆息混じりに呟くと、ケサランパサランたちが「みゅっ!?」「みゅっみゅっみゅっ!?」と鳴きだした。


「お、なんだ。鳴くんだ、お前ら。どっから声出てるんだ?」


 見た感じ、目以外のパーツが見当たらないのに。それとも、毛の中に隠れてるだけなのかな? 「みゅっみゅっ」と鳴いているドッジボールくらいの大きさの一匹を手の平に乗せて観察していたら、「みゅうっ」と一声大きく鳴いた。


「……あ、あれ?」


 そして、手の平の上でシュルシュルシュル……と、急に縮みだす。いや、縮むというよりも形はそのままでサイズダウンしていく感じ。最終的には百円玉くらいの大きさになった。


 手の平で、ほわんほわんと相変わらず楽しそうに跳ねている。


「へー。お前ら、自由にサイズ変えられるんだ。面白いな」


 どういう生態してるのかさっぱりわからないが、大きさを自在に変えられるらしい。見ると、タケトの身体にくっついていた他のケサランパサランたちも見る見る小さくなって、コインくらいの大きさになった。


 ケサランパサランたちは「みゅっみゅっ」とタケトの身体を跳ねながらのぼっていき、頭の上に集まってくる。そこにモワッと固まっていると小さな帽子を被っているように見えなくもない。


「これなら、街中歩いても大丈夫そうだな」


 さてパン屋に行くかと思っていたら、カバンの中から恨めしそうな声が聞こえてきた。


「そこは吾輩の席なのに……」


 カバンから小さな鼻先がポスッと出ている。トン吉だ。カバンから出てこないのは、どうやらさっき纏わり付かれたせいでケサランパサランたちが怖いみたいだ。


「いつから俺の頭はお前の席になったんだよ……」


 そう言いながらも、トン吉の鼻先を優しく撫でてやる。


「こいつらはたまたまここにいるだけだろ。気ままに渡っていくらしいから、すぐどっか行くって」


「だと、いいです。パン屋さんに着くまで、吾輩お昼寝してるです」


 撫でられて少し機嫌を直したのか、声に元気を取り戻してトン吉は再びカバンの中に引っ込んだ。


「用意できたよー」


 と、家の中へ一旦戻っていたシャンテが外に出て来た。幅広の麦わら帽子をかぶって、手には買い物用のバスケット。そのバスケットをタケトは受け取って、一緒に街の方へと歩いて行く。


 ケサランパサランたちは時折頭の上でモゾモゾしていたけれど、パン屋に着くまで動かずそこでジッとしていた。






 タケトたちがよく行くパン屋は、街の中心部近くにある。自宅に近いパン屋は他にもあるのだが、ウチの周りは裕福な人が多く住む地域なので、高価な白パンしか売っていないのだ。そのため、買い物は下町に近いこの辺りまで来ることが多い。


 しかし、パン屋の近くまで来ていつもと様子が違うことに気が付いた。

 いつもならカウンターに山積みされているパンが、今日はなぜか一つも見当たらない。


「あれ? 今日って、定休日だったっけ?」


 タケトに聞かれて、シャンテも不思議そうに首を横に振る。


「ううん。そんなことないと思うよ。あ、ほら。店の奥にパン屋の奥さんがいるし」


「ほんとだ。聞いてみるか」


 パン屋の奥さんは店の奥にあるパン焼き用の石窯いしがまの前で、窯を麺棒で叩いたり、中を覗いてみたりしている。

 タケトはパン屋のカウンターの前まで行くと、奥さんに向かって声をかけてみた。


「今日はもう、パン、売り切れちゃったんですか?」


「ああ。すまないね。今朝焼いた分は、もうはけちゃったんだよ。次のを焼きたいんだけど、窯の調子が悪くてね。温度が上がらないんだ」


 奥さんはカウンターまでやってくると、弱った顔で教えてくれた。


「大変ですね……」


 とシャンテ。


「なに、たぶんすすで煙突が詰まっちまっただけさ。たまにあるんだよ、こういうこと。煙突の中の煤さえとっちゃえばまた温度はあがるはずなんだけどね。悪かったね。わざわざ来て貰ったのに。すまないけど、他のパン屋あたってもらえるかな。この街にゃ、ほかにもいくつかパン焼いてる店はあるからさ」


「そうですか……」


 この店のパンを食べられないのは残念だけど、そういう事情なら仕方が無い。他の店へ行こうと足を向けかけて、パン屋に来た目的がパンだけではなかったことを思い出した。


「あ、そうだ。できたら小麦粉だけでも欲しいんですけど」


 タケトがそう聞いてみると、それならすぐに渡せると奥さんは言う。


「どれくらい欲しいんだい?」


「とりあえず、これに入るだけください」


 バスケットからごそごそと持ってきた小袋を取り出して、カウンター越しに奥さんに手渡す。奥さんはそれを持って店の奥に行き、木樽をあけて小麦粉を袋につめてくれた。


 大量に小麦粉を買うときは粉屋にいくが、料理に使うためなどで少量だけほしいときはこうやってパン屋さんで買う人も多いので、特に何に使うのか聞かれることもなく小麦粉の袋を渡してくれた。


 カウンターに代金を置いて袋を受け取ろうとしたとき、それまでタケトの頭上で静かにしていたケサランパサランたちが急に騒ぎ出す。


「みゅっ!?」


「みゅみゅみゅっ!」


 ケサランパサランたちが、元の大きさに戻ってタケトの手にある小麦粉の小袋に殺到した。


「わ、こ、こらっ。あとであげるから、大人しくしてろっ」


「きゃっ。なんだい、これは!?」


 小麦粉の小袋の中に我先に入ろうとして、押し合いへし合い大騒ぎだ。パン屋の奥さんも、突然集まってきた白いモフモフたちに驚いている。


 シャンテの言うとおり、ケサランパサランたちは小麦粉が大好物らしい。

 と、そこへ。パン屋の勝手口が開いて、一人の男性が入ってきた。


「いやー、まいったよ」


「ああ、あんた。どうだったんだい? 煙突掃除の兄ちゃん、いつ来てくれるって?」


 奥さんはタケトたちから離れて旦那さんのもとへ行く。

 旦那さんは、困った様子でゆっくりと首を横に振った。


「仕事が立て込んでて、しばらく来れないって。早くても五日後になるって言われてよ」


「そんなにかかるのかい? 弱ったねぇ。それまでパン焼けないじゃないか」


「他の煙突掃除夫も当たってみたんだが、みんなどこも忙しいってよ」


「まったく。だから言ったじゃないか。前々からちゃんと掃除しとけって」


「そんなこと今さら言っても仕方ないだろ?」


 パン屋の奥さんと旦那さんの口調が段々険しくなって、夫婦げんかに発展しそうだ。

 タケトとシャンテもどうしようかと様子を見ていたら、それまで小麦粉袋の中にひたすら入ろうと押し合っていたケサランパサランの一匹が、「みゅっ?」と動きを止めて言い合いをしているパン屋のご夫婦に目を向けた。


 そして、何をする気なのか、そのケサランパサランは彼らの方へとふわんふわん飛んで言った。

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